コーヒーで旅する日本/関西編|シェアロースターで焙煎の間口を広げる、加古川のコーヒーシーンの新たな起点。「播磨珈琲焙煎所」

コーヒーで旅する日本/関西編|シェアロースターで焙煎の間口を広げる、加古川のコーヒーシーンの新たな起点。「播磨珈琲焙煎所」

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第82回は、兵庫県加古川市の「播磨珈琲焙煎所」。喫茶店文化が根強く残る加古川にあって、新世代のロースターとして先駆け的な一軒だ。若くして神戸でコーヒースタンドを立ち上げた店主の濵田さんは、営業の傍らコーヒー商社で経験を積むなど、実践の中でスキルを磨き、ロースターとして地元に移転。当初からシェアローストを始め、焙煎や抽出のセミナーを開催するなど、コーヒーを楽しむきっかけ作りに力を入れている。ここでコーヒーを学ぶ開業希望者も多く、近年、盛り上がりを見せる播磨のコーヒーシーンの新たな核となりつつある。

Profile|濵田大輝(はまだ・たいき)
1990年(平成2年)、兵庫県加古川市生まれ。飲食関連の仕事を経て、2014年、弱冠23歳で神戸・トアウエストでコーヒースタンド「カレラコーヒー」を開業。営業の傍ら、4年間、豆の仕入れ先の商社で焙煎を学ぶ。2022年に地元・加古川に移転し、自家焙煎で豆の販売をメインにした「播磨珈琲焙煎所」をオープン。2台の焙煎機を設置し、シェアローストや焙煎・抽出のセミナーにも力を入れる。

■店作りの土台となったコーヒー商社での経験
加古川市の中心、JR加古川駅のほど近く、ビルの狭間に立つモノトーンのシックな店構え。扉を開けると、天井の高い店内は、コンクリートの空間にウッド、アイアンの家具調度を組み合わせたミニマルな雰囲気が印象的だ。「実は予算を抑えるため、内装はほぼ手作り。古材を加工したり、閉店する喫茶店の片付けを手伝って廃材をもらったりして、再利用したパーツが多いですね」とは。店主の濵田さん。よくよく見れば、ランダムに板を組んだ天井や、棚の引き戸、配管のハンドルを活かしたドアノブなど、年季が入った部材が映える内装に、独自の感性がにじみ出る。

濵田さんが地元加古川に店を構えたのは、30歳の頃。以前は飲食店の仕事についていたが、コーヒー好きが高じて、弱冠23歳で、神戸にコーヒースタンド「カレラコーヒー」をオープンする。「やってみないとわからないことがあるから、自己資金で始めてみて、趣味で終わるか、仕事になるかを判断しようと考えたんです。思いのほかいいご縁があって今にいたりますが、若いからできたこと。今では無理ですね(笑)」と振り返る。

スタンド時代は自家焙煎ではなかったが、豆の仕入れ先の商社でコーヒーの勉強をする機会を得て、スタンドを切り盛りしながら、4年間通って商社の仕事を経験したことが、大きな転機となった。「その時に初めて焙煎に携わったのですが、ほぼすべてのタイプ、サイズの焙煎機を扱わせてもらいました。特別に勉強させてもらって、農園訪問までさせてもらえたのは幸運でした。何より、小売店で経験できない、石抜きや比重選別といった専門的な作業もつぶさに体験できたのは大きいですね」と濵田さん。その傍ら、全日本コーヒー商工組合連合会認定のコーヒーインストラクター1級の資格も取得。店舗運営も含めた実践的な資格を学ぶ中で、スキルアップを重ねた。

■焙煎の間口を広げるシェアローストの提案
ところが、神戸でコーヒースタンドを7年続け、加古川への移転考え始めたころに、コロナ禍に見舞われる。もともと、30歳で地元での開業を決めていたが、コロナ禍によるコーヒー市場の変化は、自店の業態を考え直す大きな契機になった。「神戸ではドリンク主体で豆の販売はしてなかったのですが、状況が変わって、店で飲むより自宅で飲むほうが主流になっていったのが、移転のきっかけのひとつになりました。コーヒーの消費量が伸びる中でカフェ業態だけが下がっていくのを見て、早めに手を打たないと、と感じて。そこで、あらためて加古川の状況を調べて、開業準備を進めました。コロナがあったからこそ周到に考えることができたと思います」と振り返る。

移転後は、スタンドからロースターへとシフトし、豆の販売を中心に据えた濵田さん。リニューアルに際しては、将来を見越して、5キロと1キロの2台の焙煎機を同時に導入した。「大・小の焙煎機があればロットによって使い分けが可能。少量の追加や、大量注文にもすぐに対応できます。また2台あれば、焙煎と豆の冷却を分担して使えるメリットもあります」。ただ、作業効率はもちろんだが、それ以上に、当初から1キロの機体をシェアローストで使う想定をしていたことが、2台使いの大きな理由としてあった。

「以前から自分で豆を焼きたいという人は多かったですが、当時は大阪や宝塚しか焙煎機をシェアしている場所はなかったから、兵庫県の西側ならニーズがあると思っていました。実際、ここに来られるのは神戸から姫路の間の方がほとんど。想像以上に希望者は多い」というとおり、シェアローストは毎週予約が埋まるほどの人気ぶり。趣味の範囲や、単に触ってみたいというレベルでもOKという気軽さは、焙煎を始めたい人にとってほかにない魅力だ。「いずれは、店にコーヒーを飲みに行くより、豆を買いに行くことが多くなり、究極的には自分で豆を焼くという時代がやってくると思います」という言葉も、あながち遠い話ではないかもしれない。

■播磨のコーヒーシーンの新たな核に
とはいえ、もちろん自店のコーヒーの味作りにも余念はない濵田さん。「やはり自分がコーヒー店を訪ねるときは、店主のこだわりや嗜好が現れていて、“このタイプのが好きなんだな”と伝わるお店はすてきだと思います。自分の好みはあと味がすっきりした味わい。薄いのではなくしっかり味があってクリーンな風味が理想です」。それゆえ、豆の品ぞろえは、繊細な風味を持つウォッシュドプロセスが中心。看板の播磨ブレンドは、深煎りながらなめらかな飲み口、ビターな余韻がふんわり軽やかに広がる、親しみやすい味わいが好評だ。逆にCOEなど、特殊な豆はほとんど置かない。「家族で飲むお客さんが多く、購入する量も多くなるから豆は同じ農園のものがほとんど。毎年作柄は変わりますが、同じ量を買うようにしていて、よい年は多く買うというのを続けています。それが生産者との信頼関係につながります」

一方で、開店当初から定期的にドリップと焙煎のコーヒーセミナーを開催。いずれも、一般向けの「体験」と開業希望向けの「育成」の、2つのコースに分けている。「体験」では、基礎的な内容と、疑問点に応える形のレクチャーを行うが、「育成」では、どんな状態の豆でも同じ味を常に出す、再現性に重点を置く。特に焙煎に関しては、PCで管理せず、感覚を頼りに行うアナログ式だが、ここでデータに頼らず焼くことが大事なポイントだという。「というのも、自分の感覚で豆の状態がわからないと、焙煎機が変わったときに慌ててしまう。自分のお店では、ここと同じ機体を使わないことも多いので、なおさら体感として焙煎の基礎を身に付け、自分の軸を作ることが大事なんです」と濵田さん。実はシェアに使う直火式1キロ焙煎機は、濵田さんが修業時代に最もよく使っていた機体と同タイプ。実践を想定したアドバイスは、自身の経験からもたらされたものだ。

とはいえ、喫茶店文化が根強い界隈では、コーヒー店に対してドリンクの質よりも、話をしたいというニーズもいまだ多い。ただ、豆をゆっくり選びたい人が同時に店に滞在するには狭いため、今年から思い切ってドリンクはテイクアウトのみに切り替え。抽出器具もさまざまなタイプをそろえて、気軽に手に取れるようにしている。「コーヒーを始めたい、楽しみたい人が来る店になればと考えています」と濱田さん。今後は豆の卸にも力を入れ、3年後にはこの場所を焙煎と豆の販売専用のファクトリーにする構想を見据えている。 

一方で、すでにここで学んで独立を果たした店もあるが、「焙煎機はどこにでも置けるわけではないので、うちで学んだ人は外部に焙煎機を持っているのと同じ。地域の焙煎ルーム的な位置づけでもある」。近年、盛り上がりを見せる播磨エリアのコーヒーシーンで、ひとつの核になりそうな一軒だ。

■濱田さんレコメンドのコーヒーショップは「KAKU°」
次回、紹介するのは、加古川市の「KAKU°」。「デザイナーでもある店主の西嶋さんは、ここでドリップを学び、開店後にシェアロースタ―で焙煎のトレーニングを経て、現在は自家焙煎でコーヒーを提供。いまや本業より、コーヒーのほうに熱心に取り組んでいるようです(笑)。アートとコーヒーという、お店の打ち出し方もユニークで、併設のギャラリーでの展示や、イベントも積極的に企画されています。地元出身で地域を盛り上げたいという想いが強く、有言実行で、いろんなことを形にする行動力はすごいと思います」(濱田さん)

【播磨珈琲焙煎所のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 5キロ(半熱風式)・1キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/中煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(500円)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン5~6種、100グラム600円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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