コーヒーで旅する日本/関西編|幼少時の思い出が残る街に再び活気を。いろんな角度で楽しめる、フレキシブルな憩いのスペース「kaku°」

コーヒーで旅する日本/関西編|幼少時の思い出が残る街に再び活気を。いろんな角度で楽しめる、フレキシブルな憩いのスペース「kaku°」

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第83回は、兵庫県加古川市の「kaku°」。本業はグラフィックデザイナーである店主・西嶋さんが開業に至ったのは、幼少時の思い出が残る街に、再び活気を取り戻したいとの思いから。コーヒースタンドとギャラリーを併設し、誰もがフラットに立ち寄れる店は、界隈の新たな拠り所として街に根付きつつある。さらに、ギャラリーでの展示やワークショップ、軒先を使ってのマルシェのほか、界隈一帯を会場にしたイベントも開催するなど、多岐にわたる企画を展開。さまざまな角度で楽しみを提案する店から、少しずつ街の変化が始まっている。

Profile|西嶋輝(にしじま・あきら)さん
1988(昭和63)年、兵庫県加古川市生まれ。デザイン系専門学校を卒業後、製版会社、広告制作会社を経て、加古川市にデザイン事務所・andを設立。幼少期を過ごした地元の市場・商店エリアに新たな拠り所を作るべく、播磨珈琲焙煎所でコーヒーの抽出・焙煎を習得。2022年に、コーヒースタンド&ギャラリースペース「kaku°」をオープン。ギャラリーで展示やワークショップ、マルシェを開催するほか、界隈を会場にしたイベント・軒先市場も主催

■幼少時の思い出の場所に再び活気を
加古川市内随一の住宅街が広がる東加古川駅周辺。小さな商店が点在する駅前の一角は、かつて公設市場を中心にした商店街として、買い物客でにぎわっていた。いまや、当時の名残を伝える店も数えるほどになってしまったが、「ここは小さい頃によく親と買い物に来ていた場所で、当時は、目の前の通りが特に賑やかでしたね」。そう振り返る店主の西嶋さんが、「kaku°」をオープンしたのは、かつて商店が集まったビルの角地。勝手知ったる西嶋さんにとって、長らく界隈の暮らしを支えたこの場所に再び人を呼び寄せたい、という思いが開業の原点にある。

とはいえ、そもそもはグラフィックデザイナーとして、地元加古川で独立した西嶋さん。思い入れある地域を盛り上げようと考えた時に、「デザイン事務所として借りても人が訪れるきっかけが少ないので、コーヒー店なら足を運ぶきっかけになるのでは、と考えたんです」。東京や大阪へ出かけた折には、テイクアウトしたコーヒーを飲みながら街歩きを楽しんでいたことから、気軽に立ち寄れるスタンド形式で始めようと一念発起。コーヒーについては、まったくの経験ゼロから学び始めた。

この時、大きな助けになったのが、前回登場した播磨珈琲焙煎所の店主・濱田さんの存在だった。「開店にあたって、以前、友人から“知り合いの息子さんが神戸でコーヒー屋をしている”と聞いたことを思い出して。訪ねて行ったのが、当時、カレラコーヒーとして営業していた濱田さんでした。事情を話すと、濱田さんもちょうど加古川に移転するタイミングで、播磨珈琲焙煎所のドリップセミナーで抽出を教えてもらいました」と振り返る。

■初めてだからこそ新鮮だったコーヒーの世界
2022年に「kaku°」を開店した後に、シェアローストの焙煎セミナーも受講。週に5日通い詰め、ひたすら数をこなすことで焙煎を会得していった。「コーヒーに関わる仕事は初めてのことばかりでしたが、だからこそ全部が新鮮で。特に、同じ豆でも焙煎度で味が変わるというのが面白いところ。浅煎り、中煎り、深煎りによってまるで違う。焼き方で風味がガラッと変わる素材って他には少ないですから」と西嶋さん。やはりデザイナーという職業柄か、モノ作りを楽しむ感性を発揮して、どんどんとのめり込み、いまやどちらが本業か分からないほど、コーヒーの世界に傾倒していった。

自家焙煎でコーヒーを提供する準備期間で、何より心強かったのは、相談できる人が近くにいてくれることだったという。「シェアローストだと、分からないところがあったら、すぐに話せる人がいるのがいいところ。特に初めての場合はやみくもにやりがちだから、できたコーヒーを飲んでもらって感想を聞いたり、フィードバックをもらったりできるのはありがたかったです」

こうして自ら焙煎したコーヒーは、2023年初頭から自店でリリース。現在、7種までバリエーションを広げている。なかでも、思い入れが深いのが、焙煎を始めて最初に練習を重ねたグァテマラのピーベリー(※1)。「ピーベリーは形の珍しさに惹かれて、店の個性を出すにも面白いなと感じて選んだんです。せっかくなので、他の産地のピーベリーも探して、豆の品揃えを特化してもいいなと考えています」と西嶋さん。このグァテマラをベースに焙煎の幅を広げ、自分好みのボディ感があって、まったりとしたコクがある味わいを、店の味として提案している。

■いろんな角度で楽しめる店と街を目指して
今まで界隈になかったコーヒースタンドとして、近隣の人々にも定着しつつある「kaku°」。もう一つの魅力は、併設のギャラリーで行われるイベントだ。スタンドと背中合わせになったスペースでは、絵画やポスターなどの展示やアート作品のワークショップ、アパレルや雑貨などのポップアップ販売など、多岐にわたる企画を開催している。

エントランスフリーで、誰もがふらりと寄れる気軽さを打ち出すために、西嶋さんがこだわったのが店の間取りだ。「カフェでは店内の壁面などに展示することが多いですが、入店のハードルが上がるので、ここではコーヒースタンドとギャラリースペースは入口を分けています。スペースが分かれていれば気兼ねなく入れますから。必ずしも飲食目的でなくてもいいのが、この店の良さ」と西嶋さん。フラットかつオープンな店構えゆえに、道を聞いていくだけのお客もいれば、立ち話をしに立ち寄るお客もいる。時には、本業のデザインの仕事の話をしに来る人もいるとか。店の立地は駅に通じる通勤・通学路にもあたり、早朝から営業しているため、毎日顔を合わす人とは徐々に会話も増える。さらに犬の散歩や、自転車のツーリング途中で寄る人も。まさに軒先を借りる感覚で、気楽に寄れる中継点として、存在感を広げつつある。

また、ギャラリーでのイベントとは別に、文字通り店の軒先を使ってのマルシェも定期的に開催し、作り手の思い入れが籠もったアイテムを販売している。さらに年に数回、軒先市場と銘打って、この一帯に20店ほどが集まる大規模なイベントも主催。単なるコーヒースタンドでなく、地元の交流を深める起点としてひと役買っている。「お客さんは若い人から年輩の方まで幅広く、多くの人と関わるのが楽しい。ギャラリーには、作家さんも来られるし、展示中は1日は在廊してもらって、直接コミュニケーション取れるようにしています」

開店から2年、現在もデザイナーとのWワークで活動している西嶋さんだが、徐々に“店主”としての比重が高まっているという。「3年目以降の展開として、近所の別の場所にもスペースを借りたいと考えています。雑貨やお菓子の販売、ワークショップやマルシェができるような、広く使える場所がいいですね。スタンドを起点に、コーヒー片手に界隈を見て回る感じで、人が立ち寄る動線、街歩きのベースを作れれば」と、イメージを膨らませている。

テナントの角地にあってコーヒー、ギャラリー、イベントと、店名通りいろんな角度で楽しめる店を目指す西嶋さん。幼少期に親しんだ地域の扇の要となって、街を楽しむアングルをいかに広げていくのか。これからの展開を楽しみにしたい。

■西嶋さんレコメンドのコーヒーショップは「GASSE COFFEE & BOTANICS」」
次回、紹介するのは、兵庫県明石市の「GASSE COFFEE & BOTANICS」。
「店主の賀(いわい)さんとは、イベントに出店されていた際に訪ねたことでご縁ができて、自分が店を始めてからは一緒のイベントに出店したこともあります。元々は花屋さんで、開店にあたり自家焙煎を初めて、珍しい産地の豆も置いています。ランチやスイーツもあって、花屋さんとカフェのハイブリッドのお店として、お客さんから評判をよく聞く一軒です」(西嶋さん)

【kaku°のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル1キロ(直火式)※播磨珈琲焙煎所にてシェアロースト
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(400円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン5~6種、100グラム750円〜

※1:コーヒーの実には通常、2つの種子が向かい合って入っているが、稀に木の枝の先端に種子が1つしか入っていない実ができることがあり、これを「ピーベリー」と呼ぶ。一般的なコーヒー豆よりもひと回り小さく、丸い形をしているのが特徴

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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