この記事には森鴎外『舞姫』の重大なネタバレが含まれています。というか、最初から最後までストーリーが書かれています。
舞姫とは
森鴎外によって書かれた小説。1890年発表。鴎外は東京大学医学部出身で、軍医として勤務しながら小説を執筆した。
『舞姫』は28歳のときの作品。鴎外自身の留学経験を元に書かれたと言われている。
■舞姫のあらすじ(ネタバレ含む)
太田豊太郎は五年ぶりにドイツから日本へ帰る船上で、思い悩んでいた。
官僚としてドイツに留学をしていた豊太郎は、仕事をしながら、現地の大学で政治や法律を学んでいた。
ある日、豊太郎はエリスという女性に出会う。交流を深めた2人は、エリスの母を入れた3人で同棲を始めた。
しかし、豊太郎はそれが原因で官職を解かれてしまう。
同じく官僚である相沢謙吉の計らいで、新聞社での職を得た豊太郎。翻訳の仕事をしながらエリスと一緒に暮らしていく。
その後も、豊太郎の優秀さを買っていた相沢は、彼を大臣に紹介し、なんとか官職に復帰させようと動く。
相沢はエリスと別れて復職しようと言うが、豊太郎はどうしようと悩む。
大臣に同行して仕事を続けながらも、豊太郎はずっと悩んでいた。ロシア出張から戻ると、エリスから妊娠を告げられる。
大臣から「一緒に日本で仕事をするのか」と聞かれ、「はい」と答える豊太郎。エリスにどう伝えるか悩む。
だが、悩んでいる間に相沢がエリスに、豊太郎が帰ることを告げてしまう。
それにショックを受けたエリスは精神的に病み、「パラノイア」になってしまう。
豊太郎はエリスを残して日本に戻っていく。
弁護士に聞いてみた
──……という話なんですが、エリス側が豊太郎に慰謝料を請求するとしたら、どうなりますか。
答えてくれた弁護士:早津花代(はやつ・はなよ)さん 離婚問題を扱う弁護士。原法律事務所所属。 |
早津:これは結局、婚約破棄なのかどうかということになると思うんですよね。法律的な請求権が成り立つとしたら。結婚はまだしてないですものね。
──これは事実婚状態なんですかね?
早津:う〜ん、事実婚なのか、婚約なのか……。
──事実婚っていうのはどういう状態だとそう認められるんですか。
早津:事実婚というのは、婚姻の意思はあるけれど届け出は出せない状態を指します。
この場合は婚姻の意思があるかどうかですよね。
──豊太郎とエリスは一緒に住んでいるんですよね、2年か3年ぐらい。これは事実婚ってことにはならないんですか。
早津:ただ一緒に住んでいるだけじゃ事実婚ではないんですよね。
例えば、親族に「妻です。」と紹介するとか、結婚式を挙げているとか、社会から見て夫婦だと認められるような意思表示をしなければ、事実婚とは言わないんです。
同棲している大学生とか、事実婚とは言わないですよね。
──確かに。それだと事実婚だらけになってしまいますね。
ポイントはいつの時点で婚約破棄になったのか
早津:だから、これは婚約破棄だと思います。で、ここで争われるのは本当に婚約していたのか、婚約していたとして、いつの時点で婚約破棄になったのか、というところですよね。
──婚約破棄の場合は慰謝料を取れる?
早津:「一緒に結婚しよう」と言っていたら婚約ですけれど、これは言ってないんですよね。
──エリスが妊娠はしています。
早津:それが婚約と言えるかどうかですよね。豊太郎に妊娠を告げて「産んでくれ」と言っていたら婚約と認定されますね。
──言っていないですね。妊娠したってエリスが言うのを聞いているだけです。
早津:否定しなかったというのが何らかの認定になるかもしれませんね。「産むな」と言っていないのが。
──なるほど……。認定されたとしたら、婚約破棄になるということですか。
早津:そうなんですけど、これが複雑なのがエリスへ「日本に帰る」って言ったのは豊太郎本人ではないんですよね。
──それを言ったのは友人の相沢ですね。
早津:相沢がエリスに伝えて、それがショックで病気になったんですよね。
それだといつの時点で婚約破棄になるのかということがポイントになります。
例えばですけど、豊太郎が「僕は結婚して日本に連れて帰るつもりだったけど、病気になって入院しちゃったから」と主張したらまた変わってきますよね。
──それがなければ、婚約破棄するつもりじゃなかったってことですね。
早津:はい。そうなると婚約破棄の原因が豊太郎にあったわけではないので、慰謝料というのはちょっと取れないかもしれないですね……。
因果関係の立証は難しい
──では、豊太郎が相沢を訴える場合はどうですか? お前のせいで婚約破棄になった、って。
早津:これ因果関係がないですよね。立証が難しいです。「豊太郎が帰る」と言ったことによって病気になるなんて、わからないですよね。
──因果関係がないと慰謝料を取るのは難しい?
早津:そうですね。「豊太郎が帰る」というのが虚偽だった場合は別ですよ。これはそのまま事実関係を言っただけなので、違法性がないですよね。
──相沢は豊太郎を日本に戻すためにエリスと別れたほうがいいと考えているんです。つまり、別れさせるために言ったんです。
早津:それでも大丈夫だと思います。
例えば、「おたくの主人、浮気していますよ」と誰かが言って、それで夫婦関係が破綻したとしても、言った人には違法性ないですよね。
──う〜ん……なかなか難しいんですね。
早津:因果関係があるかどうかが重要なんです。
──事実関係を言っただけだと、違法性はない。
早津:はい。でも、「おたくの主人、浮気していますよ」なんて言わない方がいいですけどね笑。
まとめ
──仮に婚約破棄ってことが認められた場合は慰謝料ってどのぐらい取れるんですかね。
早津:一般的な婚約破棄でしたら慰謝料は諸事情によりますが100万円~200万円が相当と判断がされると思います。
──100万~200万 意外と少ないですね。現代の金額で、ですよね。
早津:そうです。どこを婚約破棄と認定するかですよね。そこで金額は変わってきます。
エリスと豊太郎の例で婚約破棄との認定がされるのであれば、それはエリスの病気発症について責任があるという認定が前提となります。
その場合、婚約破棄の慰謝料は200万円を越えるように思います。
──そこが争点だとは思いませんでした。
早津:依頼者が争点だと思っているところと、法律家が争点だと思うところはけっこう違うんですよね。
だから、しっかりと話し合うのが私たちの仕事でもあるんです。
──今回の場合は婚約破棄が認められるかが争点で、認められた場合はこの金額になると。ありがとうございました。
聞いた人:菊池良(きくち・りょう) ライター、Web編集者。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『世界一即戦力な男』がある |
配信: あなたの弁護士