恋人に振られ29歳で芸人デビュー、大ブレイクまでのシンデレラストーリー「もがいてもがいて今がある」キンタロー。芸人としてのこれまでとこれから

恋人に振られ29歳で芸人デビュー、大ブレイクまでのシンデレラストーリー「もがいてもがいて今がある」キンタロー。芸人としてのこれまでとこれから


先日、松竹芸能を退社し、新たな道を歩み始めたキンタロー。さん。

このタイミングで独立した理由とは? これまでの芸人としてのこれまでを振り返っていただきつつ、今後の展望についてお話いただきました。

小学生で知ったお笑いの力


インタビュー中も、たびたびモノマネも交えつつ、ユーモアたっぷりに熱い思いを話してくださったキンタロー。さんですが、芸人を志したのは小学3年生のときに出会った先生がきっかけでした。

「とにかくみんなで踊って、先生がいいな、と思った子を壇上に上げていったんです。男子がみんなめちゃくちゃに踊っている中で、当時、わりと寡黙なタイプだった私がギャップで笑いが起きて。それが人生で初めて明確に笑いを取った瞬間でした」

それまで、友だちの輪の中に入ることは苦手だったのに、それをきっかけに一転。「おもしろいんだね」と言って自然と友だちができていくようになりました。

「笑いの力によって友だち作りという難関をクリアしたから、幼いながらに笑いってすごいな、と思ったんです。そこから笑いにとりつかれていたというか。みんなを笑わせていれば、友だちが増える、というところから私の笑いが始まりました」

お笑いへの道の途中に社交ダンスがあった


本当なら、高校を卒業したらそのままお笑いに飛び込んでいきたかった……しかし、お笑い芸人は「一握りの人間がなるもの」という意識が強かったこともあり、大学進学を決意します。ただ、どういった道を歩むのかはキンタロー。さん自身も迷っていました。

「海外の大学に行ってみたい、美術も好きだから美大に行きたい……でもこれは親に反対されましたね。『あんたは画家になるのかい?』『高校で海外にホームステイ行かせたのは何のためだったの?』『あんたは何考えてんだ』って泣かれて。確かに親の言うことは間違っていないと思ったので、外大に絞りました。で、やっぱりお笑いの都と言えば大阪だから大阪で探そう、大学の間にお笑いの地頭とか、根を張ろう、と」

ただ、キンタロー。さんにとって、大学はお笑いの道に進むための通過点。芸人になりたいのに英語の大学に通うのでは整合性がない……なら部活で補おうと考え、そこで出会ったのが競技ダンス部でした。

「踊ってするんですけど、顔がすごくよかったんですよ。ハッ!ともうときめいちゃいました、なんだこの顔!って。この顔で踊らなきゃいけない競技、素敵だな、と思って入部を決めました。

芸の肥やしになるもの、芸事に近いこと、と思って探していたので、お笑い研究部があれば絶対にそっちに入っていたと思います。でもなかったから、フラメンコ部とか、チアリーダー部とか、あとアナウンサー部。でも、だいたいの部活は週5だったからだるいな、と思って。競技ダンス部は週2だし、おもしろい顔するし、完璧やん!って。まあ蓋を開けてみたら週5だったんですけどね(笑)」

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