版画技法「エングレービング」とは?歴史や日本版画との違いを解説!

エングレービングを制作した芸術家や作品


アルブレヒト・デューラー, 『メランコリー』, Public domain, via Wikimedia Com

エングレービングを制作した芸術家の代表は、デューラーでしょう。有名な作品には『メランコリー』や『聖ジローム』が挙げられます。デューラーのエングレービングの緻密さは驚異的で、小さな光の動きまでも白黒で完全に表現することができました。

『メランコリー』に登場するさまざまな道具は、ていねいな明暗描写によって素材の質感を伝えています。犬の毛並みやはしごの木材質、はかりの鉄の受け皿の金属など、触り心地が想像できるような綿密さです。これがすべてデッサンではなく、銅板に彫刻刀で彫られた絵であると考えると、デューラーの人並外れた才能を感じられるでしょう。

エングレービング作品で忘れてはいけないもう1つの作品が、クロード・メラン(1598-1688年)が残した「聖ヴェロニカの布(きぬ)」です。フランス出身の芸術家クロード・メランは1649年、もっともセンセーショナルな方法でエングレービングを制作しました。


クロード・メラン, 『聖ヴェロニカの布』, Public domain, via Wikimedia Com

「聖ヴェロニカの布」には、輪郭線がありません。陰影をつけるためのクロスハッチ(斜線や交差線)もありません。クロード・メランは、右手にもった彫刻刀で力加減を調節しつつ、左手で銅版を回転させながらイエス様の顔を制作したのでした。

つまり、「聖ヴェロニカの布」は1本の線をイエス様の鼻(作品の中心)から外側に向かって広げていくことでデザインを構築しているのです。陰影部分は、彫る際の線の太さを調整することで表現しています。

遠くから見ると普通の顔のように映るでしょう。しかし近づいて観察すると、芸術家の並々ならぬ陰影研究や技術の結晶であるとわかります。「聖ヴェロニカの布」はエングレービングの奥深さを私たちに教えてくれる、絶好の例といえます。

エングレービングと日本版画(浮彫)・エッチングの違い


西川 祐信の版(18世紀), Public domain, via Wikimedia Com

エングレービングの技法で「溝にインクを入れて写す」ことに違和感を抱いた方はいませんか?筆者は正直、初めて技法を学んだ際には仕組みがよく理解できませんでした。これはおそらく、日本では伝統的に浮彫が版画の技法に用いられるためでしょう。

日本の版画は、木板に“写したい部分を残し”、“不要な部分を削りとる”プロセスで制作します。消しゴム判子やイモ判子も、絵柄として写したい部分を残して彫りますよね。

反対にエングレービングはインクを溝に練り込み、それ以外の表面はきれいにした状態で、紙と銅板を合わせて圧力をかけることでデザインが写ります。

残す部分と削り取る部分の感覚が反対である点が、エングレービングの技法を理解するために少しややこしいかもしれません。エングレービングと日本版画は、似ているようで大きく異なる技法なのです。

一方「エッチング」は、近世以降人気を集め版画制作に多く用いられた技法です。手順を簡単に説明すると、次のとおりです。

 1.銅版全体に防食剤を塗布する
 2.仕上がりの線にしたい部分を針でなぞり、防食剤を取り除いて絵を描く
 3.銅版が完成したら酸に浸し、防食剤が除去された線だけが浸食される
 4.銅版を取り出し、全体的な防食剤を洗い流す
 5.エングレービングと同様、酸でできた溝にインクを練り込み紙に印刷

化学変化を用いた版画技法で、銅版を彫刻刀で彫るエングレービングに比べると制作時に力が必要ない点がメリットです。絵を描くのとほとんど同じ要領で銅版を制作できるため、より精密で細かい絵画表現が実現します。

版画にはさまざまな技法があり、それぞれに特徴があります。技法を作品から見分けることは簡単ではありませんが、工程を知っていると作品のすごさがより一層伝わりますね。この記事がエングレービング理解の役に立てば幸いです。以上、版画技法エングレービングのポイント解説でした!

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