全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
九州編の第98回は福岡県飯塚市にある「ANTHEM ROASTERY」。店舗を構えていて、住所を非公開にしているケースはそうそうない。私自身、最初に「ANTHEM ROASTERY」のことを人づてに聞き、インターネットで検索して驚いた。住所どころかGoogleマップで検索しても店の場所がわからない。
唯一、同店が情報を発信しているのはInstagramの公式アカウントで、プロフィール欄に「所在地はDMやメールよりお気軽にお問い合わせください」とある。つまりInstagramのDMもしくはメールを送るところが同店にアクセスする入口。まさにSNS時代ならではの営業スタイルだと思っていた。ただ今回話をじっくり聞いてみると、その理由が分かったのに加え、店主・古賀克彦さんの人となりが見えてきた。
Profile|古賀克彦(こが・かつひこ)
福岡県飯塚市出身。高校卒業後、飲食業をメインにサービス業に長年従事。もともとコーヒーはそこまで好きではなかったが、2016年、久留米市のCOFFEE COUNTYで飲んだコーヒーに驚き、以降、一気にコーヒーに傾倒。趣味の一つだった旅行も、その土地のコーヒー屋を巡ることが大きな目的となり、ジャンルレスに概念にとらわれずたくさんの店に足を運ぶ。その中で、自身が目指すコーヒーとの関わり方を模索し、焙煎により強い興味を抱く。すぐに焙煎機を発注し、2020年3月、「ANTHEM ROASTERY」を開業。
■来店するためには?
メールで教えてもらった住所を頼りに訪ねる。店主の古賀さんからは「Googleマップで検索して来るのがおすすめです」とアドバイスがあったように、カーナビだと近くまでは来れるものの、正しいルートで案内されないことがあるようだ。ただGoogleマップの指示通りにアクセスしても、きっと「本当にこの道で正解?」と不安になるような道と場所。Instagramに書かれた「森の奥にある焙煎所」の謳い文句は間違っていない。
そんなドキドキした気分で到着したのは自然林に囲まれた変哲もない一軒家。ただ「ANTHEM ROASTERY」という看板が木の枝からぶら下げられており、正解のようだ。すでにここに至るまでの道のりから非日常的な体験を味わっている。
2020年3月に開業した「ANTHEM ROASTERY」。単刀直入に、なぜこのスタイルで焙煎所兼ビーンズショップを開こうと考えたのか、聞いてみた。
「COFFEE COUNTYさんで飲んだニカラグア、エチオピアのコーヒーは僕にとって、それまで飲んできたコーヒーとは別物で、それから一気にコーヒーに対して興味が湧きました。それからいろいろな店のコーヒーをたくさん飲む中で、自分が好きな味わい傾向が分かってきて、さらにその味わいが焙煎によって生み出されるものだと感じました。そうすると、今度は自分で焙煎をやりたくなって、じゃあ、焙煎機を買って、やってみようって。今思い返すと、計画性ゼロですよね」と古賀さんは笑って当時を振り返る。
■自身の直感、衝動を信じて
ただ、その行動力、決断力があったからこそ「ANTHEM ROASTERY」の“今”がある。最初に起こしたアクションは焙煎機を注文したこと。マシンが納品されるまでに焙煎所の場所探しを始めたというから、一般的な開業の流れとはちょっと違う。
「焙煎を始めようと考えた当初は、社会人になってからずっと暮らしていて友人・知人も多かった福岡市内での開業も考えたのですが、市街地でやるとなると当然ですが家賃もかかってきますし、なにより表立ってやる自信がまだなかったんですよね。焙煎をやってみたい!って強い思いで踏み出したもののどこかで修業をしたわけではないし、焙煎機だって初めて触るわけで。そんな理由からまずはひっそり、そして焙煎だけに集中できる環境で始めようと、今の場所を選びました。ここはもともと祖父母が住んでいた一軒家で、空き家になっているよりもだれかが管理した方がよかったという理由もあって。焙煎を始めた当初は友人、知人、そのまた知人などに飲んでいただき、率直なご意見をいただくところからスタート。お願いできる福岡市内のコーヒーショップやロースタリーに豆を持参し、飲んでもらい、改善点を探っていく。焙煎を始めた当時はそんな日々を送りました」
この話を聞いて感じるのが、「やったことないし、できるわけがない」といった固定概念に囚われすぎず、時には自分の衝動、直感を信じて行動してもよいということ。コーヒーを仕事にするには専門的な知識や技術は必要ではあるが、コーヒーは嗜好品ということもあり、やはり業界としての間口が広い。好きという気持ちや、やってみたい強い思いがあれば、不可能ではない。「ANTHEM ROASTERY」の開業ヒストリーを聞くと、そう感じた。そして古賀さんは自分のことや現状をしっかりと冷静に俯瞰して見ることができる人。それもよかったのだろう。
住所を非公開にしているのは、そんな感じでスタートしたからというのもあるが、焙煎所兼ショップに至る山の中を走る道は本当に細いし、沿道の草木が常にきれいに刈られているわけではない。その時の道路状況をDMやメールで一人ひとりに伝えるためでもある。そういった経緯や理由を聞くと、「なるほど」と納得の営業スタイルだ。
■透き通っていて、きれいで
レコメンドしてくれた喫茶 銀杏の木の篠原さんが「ひと言で言うときれいで、丸みがあり、スムース」とコメントしていたように、クリーンさが特徴の「ANTHEM ROASTERY」のコーヒー。浅煎りを主体とした豆のラインナップもあるかもしれないが、私もANTHEMのコーヒー=透明感というイメージを強く持っている。
「産地の特徴、生豆由来のフルーツ感に加えて、僕が焙煎によって表現したいと常に考えているのがクリーンさと、丸み。フルーティーな甘酸っぱさだけではなく、香りも余韻も尖りすぎていないバランスがよいコーヒーにしたいと常に考えています」
そういった考えから店で扱う豆はウォッシュドやナチュラルといった、いわゆる昔からある生産処理を施したものが多い。尖りすぎず、ただ生豆由来の個性は確かにある。そんな豆を常時4、5種類用意している。プライスカードには焙煎度合いはあえて書かれていないので、古賀さんと会話する中でお気に入りを見つけてほしい。
一般的なコーヒーショップとは異なるクローズドなスタイルで店を営んできた古賀さん。開業から5年目に入り、徐々にいろいろな人に知られ、コーヒー好きの間では認知は広まってきている。
「福岡市内や北九州市内からわざわざ来てくださるお客さまも多いですが、やはり地元の方々にも日常的に飲んでいただけるようなコーヒーでありたいと思っています。こんな辺鄙なところまで足を運んでくださるお客さまには感謝しかなくて、少しでもホッとひと息つけるような場所にしたいと、昨年夏にイートインスペースを作りました。本当に小さな空間なのですが、お客さまからは好評で、コーヒーを飲まれながらのんびりされている姿を見て、焙煎所とは別にコーヒーが飲める場所を新たに作ってみたいと思うようになりました。今はそのための準備を始めたところです。飯塚市に来ていただくきっかけというとおこがましいですが、そこでコーヒーを飲みたくなるような場所にできたらな、と考えています」と古賀さん。
住所も電話も非公開ながら、少しずつファンを増やし、5年目に突入。自然と次の目標も芽生えた「ANTHEM ROASTERY」。同店のこれからが、また楽しみになってきた。
■古賀さんレコメンドのコーヒーショップは「COFFEE BLUE」
「熊本市にある『COFFEE BLUE』さん。西新にあるNIYOL COFFEEさんがイベント出店する際にお手伝いをしたんですが、そこで『COFFEE BLUE』の店主・木下さんにお会いしたのがきっかけ。それから偶然同じカッピング会に参加するなど、ちょこちょこ顔を合わせていく中で親交を深めました。店の雰囲気もかっこいいですし、木下さんが焙煎したコーヒーはおいしいですよ」(古賀さん)
【ANTHEM ROASTERYのコーヒーデータ】
●焙煎機/DIEDRICH IR-2.5
●抽出/ハンドドリップ(Kalitaウェーブ)
●焙煎度合い/浅煎り〜中煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム1200円〜、200グラム2200円〜
取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)
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配信: Walkerplus
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