つい数日前のこと、日本酒の蔵元を見学させていただく機会があったんですが、あれは緊張しました。私は日本酒にこだわりがないというか、そもそも良し悪しが全然わかってない。さらには、日本酒がどういう工程で作られているか、どんな作り方があるかなどにも疎く、ほとんど何も知らないのです。
酒に関する原稿を書くライターと名乗っておきながらそんな状態で、でも先方はすごく丁寧に蔵の中の設備などについて説明してくれました。その蔵元が他ではあまりやっていないことを試みているのは伝わってきたのですが、それにしても、「え! それも知らないの!?」「誰だ、こんなやつ連れてきたの。つまみ出せ!」みたいにならないかと終始ヒヤヒヤでした。
それと同じ感じで、酒場の取材先でたまに高級店に行かせてもらう場合(私が普段取材しているのは立ち飲みとか角打ちとか、庶民的な店がほとんどなんですが)、いつもとは違う緊張を感じます。「こいつ普段何も考えないで飲み食いしてんだな」と、お店の方をガッカリさせたりムッとさせたりしてしまいそうで…。たまに知ったかぶって「はいはい、これって、あれですよね。あの、おいしいやつですよね」とか適当なこと言ったりして、またそれがバレそうで緊張するという。我ながらダメです。もっと勉強しないとな。
というのとはまた別の方向性の緊張で思い出すのは、もうあれは10年以上前でしょうか。東京のある酒場で飲んでいた時のことです。そこはもつ焼きのおいしい人気店で、開店と同時に満席になってしまうんです。私はそこが好きで何度か行ったことがありました。
その日も久々にそこで飲みたくなって、会社を早めに上がって急いで向かって、なんとか席を確保することができました。基本的にはカウンターだけの店なのですが、暖かい季節だけ、店の外に簡易な露天席が作られて、私が座れたのはそこだったんです。気持ちいい風を感じつつ、びっくりするほどおいしいもつ焼きを食べてホッピーを飲んでいたら、私と同じ露天席の少し離れた場所に知人が座っているではありませんか。すごく久々に会う人だったので、思わず立ち上がって「こんなところで会えるなんて! お元気ですか!」と話しかけたのですが、すると、店の中から店主に「おい! 勝手に席立たねーでくれるか!」と叱られて、シュンとしました。そこからは緊張感で味がわからなくなり、テンションが上がって立ち上がってしまった自分が恥ずかしくもなって、さっきまでとは人が変わったように静かに過ごしていました。
しばらくすると、店内から何か言い争うような声が聞こえてきます。どうやら、お客さんが来たものの、満席で入店を断られて、それがきっかけで店主と口論になっているようなのです。「おい、この野郎! 何すんだ! 警察だ! 警察行くぞ、この野郎!」とさっきまでより一際大きな声が聞こえてきたかと思うと、客と店主がもみ合いながら店の外に出てきて、そのままどこかへ消えていきました。
私は外に座っていただけなので詳細がわからないのですが、口論の末に客が手を出して、店主が交番のある方へと引っ張っていったらしい。物々しいムードに、店の中も外もしばらくはシーンと静まり返っていたのですが、常連らしい1人の客が立ち上がってカウンターの中に入り、「みなさん! 私は料理はできませんが、酒なら出すことができます! 注文がある人は言ってください!」と宣言し、あちこちから拍手が沸き起こりました。ホッピーを追加でもらい、私は改めて久々に会う知人と乾杯しました。あの緊張感と解放感、忘れられません。パリッコさん、次回のテーマは「酒場で偶然会った人」でどうでしょうか!
スズキナオ:東京生まれ、大阪在住のフリーライター。著書に「遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ」「『それから』の大阪」他。「思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる」が絶賛発売中。
配信: アサジョ