事実にこだわることは映像表現の矮小化になりかねない
でもね、時代考証ばかりが映像作品の核心でないことを理解する必要がある。確かに本作は戦前、戦中、戦後の歴史的な事象を(ときに巧みな省略を駆使しながら)見事に反映した骨太ドラマである。
だからといって何でもかんでも事実に基づいて描写することだけが、優れた表現力に結びつくわけでもない。むしろ映像表現の矮小化になりかねない。実際その矮小化の果てに、昭和メンズは七三分けというイメージが根づいてしまったのではないか(というのも暴論だが)。
映像は時代を写す鏡だという慣用句的な表現も筆者には安易に聞こえてくる。なのでここからは、時代考証的な観点を半分、自由な映像表現の考え方を半分として、“現代的”と批判される航一のヘアースタイルについてフレキシブルに考えてみることにする。
リーゼントスタイルが話題になった『なつぞら』
ところで、これまでに出演した作品で岡田はどんなヘアースタイルだったろう。『虎に翼』と時代設定が近いNHK作品にしぼって確認してみる。まず、老けメイクを施して落語の名人を演じた『昭和元禄落語心中』(NHK総合、2018年)。第1回冒頭、1977年の八代目有楽亭八雲(岡田将生)は、白髪混じりの綺麗な七三分けスタイルだった。
次に、初の朝ドラ出演作『なつぞら』(NHK総合、2019年)。戦災孤児である主人公・奥原なつ(広瀬すず)の兄である奥原咲太郎を演じた。初登場は、第28回。上京してきたなつが、浅草のストリップ劇場の幕間でタップダンスを披露する咲太郎と再会する。
時代設定は1955年。『虎に翼』で航一が登場している昭和20年代の少しあとだが、ほとんど同時代の人物である。咲太郎の髪型は、何とリーゼントスタイル。これが放送時大きな話題になった。
この時代のリーゼントは七三分けが基本であり、それは戦後のカジュアルなアメリカンスタイルであるアプレゲール(フランス語で戦後派の意味、通称:アプレ)にとって、ちょい悪の気っ風を象徴するスタイルの決め手。
昭和20年代のメンズヘアースタイルだとアプレの他に、アメリカ兵の短髪を模したGIカットや石原慎太郎の慎太郎刈りなどが代表的だが、無軌道な人物像の咲太郎は(少し時代はズレるにしろ)おそらくアプレ風の若者として造形されていると考えられる。
配信: 女子SPA!