あえて現代的にスタイリングされている理由
つまり『なつぞら』での岡田は、ある程度時代考証に基づいてスタイリングされたビジュアルだったのだ。『虎に翼』の航一は若い頃でさえアプレではなかったと思うし、不良性の欠片もなく、アメリカナイズされているわけでもない。
不良性なら、戦災孤児だった身の上から猪爪家の預かりの身になった道男(和田庵)や、アメリカンならライアンこと秘書課長・久藤頼安(沢村一樹)が、ふたりとも完璧な七三分けスタイルなのが意外でもある。
航一の髪型があえて現代的にスタイリングされている理由が何かあるはずだ。それが真の意味で読み解かれるべき回が実はある。第17週第85回の麻雀会で弁護士・杉田太郎(高橋克実)を抱きしめる航一が何度も口にした「ごめんなさい」。その理由が明かされる場面である。
第18週第90回、仕事を切り上げた寅子たちが喫茶・ライトハウスにやってくる。そこで航一は戦中に内閣が設置した総力戦研究所の研究生だったことを初めて告白する。航一の告白とともに机上演習場面が回想される。
航一の「ごめんなさい」は、机上演習で日本敗戦がわかっていたはずなのに戦争をとめられなかったことへの自責の念が込められたものなのだが、回想の中の航一ははっきりと七三分けだと気づく。
航一の話を聞いた判事補・入倉始(岡部ひろき)がうわっと泣き始める。この人はいつでも髪に櫛を入れる。航一のボサボサなマッシュと対比されながら、このときも咄嗟に櫛を出してお手本のような七三分けを整えていた。ちょっとした伏線回収になっているのが見逃せない。
現代的なヘアースタイルから生まれた繊細な雪景色
鼻をすする航一が「外で頭を冷やしてきます」と言って店外に飛び出す。店の前の小道にひとり佇み、しんしんと降る雪をただ一身に受ける後ろ姿が、ローアングルの引きの画面で捉えられる。
日本屈指の美麗俳優にして豊かな中音域の美声を誇る岡田将生が、この静謐な雪景色に存在する瞬間をぼくたちは心待ちにしていた気がする。それだけ美しいワンショットである。
店内から寅子がやってくる。途端に雪がやむ。カットが替わったことで時間が経過したからだろうか。ちょっと不思議な時間経過ではあるが、二人が発する音以外は雪が全て吸収する静けさの中で、寅子が言う。
「馬鹿の一つ覚えですが、寄り添って一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら」
聞き終わる寸前で航一が泣き崩れる。ここで彼の頭上に注目すると、降り積もった雪が確認できる。航一のヘアースタイルが、もしGIカットや慎太郎刈りのように短髪であったり、毛先がストレートな七三分けだったなら、きっとすぐに溶けてしまっていただろう。そうではなく毛先がボサボサのシュートマッシュヘアー風だから雪をソフトに受けとめ、雪の一粒一粒が結晶化する。
もっというと、寅子がきて雪がやんだ不思議な現象は、この美しい結晶を強調するためだと筆者は思っている。寅子が航一の側に寄る。カットが替わる。再び航一の横顔が写り、くっと顔を上げる。カメラは彼の微動に合わせてフォロー。頭上の雪がちらっと写る。あえて時代考証しないことで到達した繊細な雪景色が、岡田将生の現代的なヘアースタイルから生み出されたのだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
配信: 女子SPA!
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