職場の同僚の体臭がキツくて退職した同僚もいる、なんとかできないか──。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
その同僚は「朝にシャワーを浴びている」と言っているようですが、職場で多くの同僚が同じように悩んでいるそうです。どういうわけか、上司は気にならない様子で、相談しても反応が鈍く期待できない状況です。
同僚女性は、活性炭入りマスクを2枚重ねて着用するなど対策を講じたようです。しかし、それでも近くにいると具合が悪くなる、目が痛むなど苦しんだため、自身の配置替えを希望しましたがそれもかなわず。結局退職してしまったそうです。
相談者としては、臭いで周囲を不快にさせる嫌がらせ「スメル・ハラスメント(スメハラ)」であり、会社側にきちんと対応してもらいたいと考えているようです。対策を要求した場合、会社側は応じる義務があるのでしょうか。伊庭裕太弁護士に聞きました。
●スメハラの対応には「他のハラスメントと異なる難しさがある」
──従業員の臭いがきついことに対して、会社側は何か対策をとる義務などがあるのでしょうか。
スメル・ハラスメント、いわゆる「スメハラ」は、体臭・口臭・香水等においに起因して周囲を不快にさせる嫌がらせ(ハラスメント)を指しますが、他の種類のハラスメントとは異なり難しい問題があります。
職場におけるハラスメントの代表例としては、性的な言動によるセクシャル・ハラスメント、職務上の地位・権限を背景とするパワー・ハラスメント、妊娠・出産にかかわるマタニティ・ハラスメントなど、その原因となる事由別にいくつかの形態・名称があります。
これらについて事業者は雇用管理上必要な防止措置を講じることが法的に義務付けられ、厚生労働省による防止指針も定められていますが、スメハラについては直接的な法的義務付けはなされておらず、防止指針もありませんので、事業者として取るべき対応が明確ではありません。
今回のケースのような場合、そもそも体臭や口臭は人それぞれの体質の問題であり、その程度も様々であれば、感じ方にも個人差があります。
本人は非常に体臭(口臭)に気を遣ってケアもしているにもかかわらず、それが功を奏していないため周囲に悪影響を与えている場合や、本人が全く気付いていないというケースまで様々であることから、事業者としては実際上も対応に悩むところです。
さらに、体臭や口臭は非常に個人的かつセンシティブな問題ですので、事業者から本人に対して何らかのアプローチをするにしても、行き過ぎた指導・言動は、逆に本人の人格権を侵害するハラスメントともなりかねません。
このようにスメハラには対応に難しいところがあるのですが、他方、事業者は労働者に対して「働きやすい良好な職場環境を維持する義務」(職場環境配慮義務)を労働契約上の付随義務として負っており、同義務を履行すべく必要な対応が求められます。
──具体的にはどのような対応が考えられますか。
今回のように、特定の社員が相応の対応をしているにも関わらず体調を崩す、目が痛くなる等の顕著な不調を訴えている場合には、事業者としては同社員の配置替えを検討・実施するべきであり、むしろこれを怠れば職場環境配慮義務違反となる可能性が高いです。
しかも実際に配置替えも希望されていたとのことですので、事業者としてはなおのこと検討・実施すべきでした。
──スメハラを理由とした慰謝料請求等は可能でしょうか。
今回のケースであれば、相談者の方としては、事業者に対して職場環境配慮義務違反を理由に一定の損害賠償を請求できたと思われます。
もっとも、スメハラの本人に対しては、朝にシャワーを浴びていると言っていることからして最低限の対応はしており、法的責任を問うことは難しいでしょう。
●「本人の人格権にも配慮したきめ細やかな対応を」
──企業法務の観点から、企業はどのようにスメハラと向き合えばよいのでしょうか。
事業者としては、今回のケースもそうですが、職場で多くの従業員が同じ悩みを抱えているということであれば同様の問題が発生しないように、スメハラの本人の人格権にも配慮したきめ細やかな対応が必要です。
たとえば、全社員に向けて身だしなみの重要性に関して周知するといった方法が考えられます。その際、服装などについての周辺的な事項を盛り込みながら、においに関する配慮について具体的な形で周知し、本人の自覚を促すことが必要でしょう。
昨今ではスメハラが社会問題化していることから、においに関する研修会や外部セミナーを実施する企業も増えてきているところですので、その実施や、注意喚起のポスターの掲示、制汗剤の交付・設置等が考えられます。
また、就業規則における服務規律として、周囲に不快感を与えないように自身を清潔に保ち、また、フレグランス製品の過度な使用を控える等を規定したり、社内にハラスメントに関する専門部署を設け、苦情を広く受け付けることも有効です。
これらの周知でも改善が見られない場合には、最終手段として、本人に直接改善を促すことになりますが、その場合には前述したような「逆パワハラ」にならぬよう、細心の注意が求められます。
本人の性格をふまえ、誰が伝えるべきか(適任者の選定、一般的には異性よりは同性ということになりましょうか)、どのような言動で伝えるか(言い回しの工夫、あくまでもにおい対策は仕事の一環であることを伝え、個人に対する非難・攻撃と捉えられないようにすることが重要です)を、事業者としては十分に注意するべきでしょう。
【取材協力弁護士】
伊庭 裕太(いば・ゆうた)弁護士
アート・メディア・エンターテイメント業界を中心とした企業法務全般(紛争処理、顧問業務等)を主に扱う一方、企業・個人を問わず一般民事全般(労働、家事、相続等)を広く取り扱う。依頼者と共に妥協なき最善の解決を目指す。
事務所名:高樹町法律事務所
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配信: 弁護士ドットコム