父が書いた3文字とは
過酷な状況を呪う言葉、苦しさを訴える言葉が出てくるかもしれない。私にできることはほとんどない。けれど、私は父の心を知りたい一心でした。
五十音表を指し示すやり方は父には難しいようだったので、父にボードマーカーを握らせ、小さなホワイトボードを近づけました。「父さんの書きたいことを書いて」と言うと、父は最初、震える手で何か模様を描きました。「これって顔? 自分の顔なの?」と、一緒にいた母と少し笑ってしまいました。すると、父は次にどうやら文字らしいものを書きました。かなり崩れて読みにくかったその文字は、「ヘ・ル・プ」と読めました。私は一瞬固まってしまいました。
父の「ヘルプ」になんと返したら良いのかわからなかったのです。えっ? どうしたら私は父を助けられるの? やっぱり何もできそうにない……。
そのとき、そばにいた母がゆっくり手を伸ばし、父の手を握って言いました。「お父さん、ヘルプなんだね。わかりました。言葉、書けたね。でもねえ、慣れない英語なんて使わなくてもいいのに」
ゆっくり語りかける母の言葉に、父は小さくうなずいたように見えました。私が救われた一瞬でした。父が表現した思いをまずは受け止める。母の言動は、介護者のできることの1つだと、ハッとしました。
まとめ
「ヘルプ」の具体的な意味はわかりません。その後、父は眠る時間が増えて、さらに細かなコミュニケーションを試みることはできませんでした。私も遠方に戻る身で、できることは限られました。私と母は、父の書いた「ヘルプ」を関係者と共有することにしました。父の書いたホワイトボードの文字を看護師さんたちにも見てもらい、また、隣県にいる兄にも文字の画像を送りました。寝たきりで意思を表すことも難しい父。しかし、父は「ヘルプ」と伝えてきた後、ほっとしたようにも見えました。父が送ってくるわずかなメッセージ、その気持ちにまずは寄り添っていこうと家族で話しました。
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監修/菊池大和先生(医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長)
地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、地上波メディアにも出演中。
著者:森原あさみ/50代女性。平日はお勤め、週末は農業。夫、子ども、義父母と暮らしている。多忙でも趣味やスポーツの時間はなるべくキープ。育児、介護、町の行く末までいろいろ気になる。
イラスト/sawawa
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2024年8月)
著者/シニアカレンダー編集部
「人生100年時代」を、自分らしく元気に過ごしたいと願うシニア世代に有益な情報を提供していきます!
配信: 介護カレンダー
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