「新入社員の親から、子どもが退職する旨の連絡がきた。これは有効なのか」。このような相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
この相談者は、新入社員の親から突然、電話で「子どもが退職します」との連絡を受けたそうです。最近では退職代行というサービスも出ていますが、相談者は「新入社員は成人しているし、親による連絡では退職は認められないのでは」と考えているようです。
親による退職の申し出は法的に認められるのでしょうか。前野陽平弁護士に聞きました。
●親からの退職申し入れは有効?
——本人ではなく親からの申し入れは法的に有効なのでしょうか
労働者の意思による退職(以下「辞職」といいます)は、原則として自由に認められます。
具体的には、期間の定めのない労働契約(いわゆる正社員)の場合、労働者が辞職の申し入れをすれば、その日から2週間経過後に労働契約は当然に終了します(民法627条1項)。仮に、就業規則に「会社の承認を得なければ、辞職はできない」という規定が存在したとしても、当該規定は無効です。
一方、期間の定めがある労働契約(いわゆる契約社員)の場合、期間途中に辞職するためには「やむをえない事由」(会社が賃金を支払わない等)が必要ですので、注意が必要です(民法628条)。
以上を前提として、親御さん(以下、単に「親」といいます)からの辞職の連絡は、親が新入社員(以下、単に「社員」といいます。)の「使者」又は「代理人」として辞職の意思表示を行ったものであり、原則として有効と考えられます。
なお、「使者」と「代理人」についての詳細な説明は省略しますが、ここではざっくりと、親が社員の代わりに辞職の意思表示を行ったと考えていただければ十分です。
今回の相談者のようなケースでは、原則として、親からの辞職の連絡を有効なものとして取り扱う必要があると考えられます。
●「社員本人の自筆の退職届を提出してもらうことが望ましい」
——親から辞職の連絡がきた場合に、注意すべき点はありますか
親からの辞職の連絡が有効であるためには、それが社員の真意に基づくものであることが大前提となります。
仮に、親が社員に無断で辞職の連絡をした場合、原則としてそれは有効な辞職の意思表示としては認められず、それにもかかわらず退職の手続を進めてしまうと、社員らとの間で無用な紛争に発展しかねません。
そのため、少なくとも、親を通じて、社員本人の自筆の退職届を提出してもらうことが望ましいと考えられます。あるいはメールや電話で社員本人と連絡を取り、社員本人の意思を直接確認する方法もあり得るでしょう。
しかし、例えば、社員本人のメンタル不調を理由として親が代わりに連絡してきたような場合には、社員本人と直接連絡を取ることは控えたほうが望ましいと考えられます。
——この他、担当者が知っておくべきことはありますか
一般論として、退職時には業務の引継ぎ、有給休暇の取得、会社の備品(貸与PC等)や社員の私物の授受、社宅の明渡し、退職後の秘密保持義務や競業避止義務、退職証明書等の交付(労基法22条)、金品の返還(同法23条)、雇用保険法・健康保険法・厚生年金保険法の手続等があります。
原則として退職する本人とのやりとりが必要な手続きとなりますので、本人と連絡がとれない場合には、これらをどう進めるかが問題となり得ます。
【取材協力弁護士】
前野 陽平(まえの・ようへい)弁護士
大阪大学法学部卒業、京都大学法科大学院修了。堂島法律事務所に入所後、三井物産株式会社、経済産業省・中小企業庁(内閣官房・フリーランス法制準備室を併任し、フリーランス保護新法の立案作業を担当)へ出向。企業法務全般、労務、M&A、知財案件等を多数取り扱っている。
事務所名:堂島法律事務所
事務所URL:https://www.dojima.gr.jp/
配信: 弁護士ドットコム