●100%書き手に立証責任がある日本の名誉毀損裁判
ーー横田さんが「ユニクロ帝国の光と影」(2011年)を出版したときに、ユニクロ側は名誉毀損で版元の文藝春秋を訴えました。新著には本の内容が真実だと証明するために、取材協力者に会いに行く様子を書いていますが、日本の名誉毀損訴訟の問題点は何でしょうか。
「日本の名誉毀損裁判は、訴えられた側の書き手に100%の立証責任がある点です。ユニクロ側が争点として挙げてきたのは27カ所ですが、1カ所でも証明できなければ、訴えられた側の敗訴になって新聞に『文春、ユニクロに敗訴』と書かれてしまいます。
書き手が賠償金や、本の回収・絶版といった原告の要求から免責される条件は①公共性②公益性③真実性の3つで、訴えられた書き手が一番苦労するのは、真実性の証明です。
訴えられた本では、店長の証言は情報源の秘匿のために匿名にしていますが、裁判所は匿名の発言は真実と認めません。ユニクロ側もそれを分かっているので、匿名の証言に絞って真実性を問いただしてきました。弁護士と一緒に取材したユニクロの元店長らに会いに行き、陳述書に実名でサインをしてもらいました」
「アメリカでは逆に、名誉毀損で訴えた側に立証責任があります。原告は相手の悪意を証明しなければなりません。ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件では、ワシントン・ポスト紙がディープ・スロートという匿名のニュースソースを出しましたが、日本の裁判では匿名だと負けてしまいます」
ーーフリーランスの書き手にとっては、訴訟を負ってくれる出版社を探すこともポイントになりそうです。
「文春(文藝春秋)は訴訟慣れしているメディアだし、名誉毀損などメディアの訴訟に多く携わる喜田村洋一弁護士もついています。文春がサポートしてくれなかったら『ユニクロ潜入一年』は書けなかったです」
「それとメモを残しておくことも大事です。ユニクロはメモをとらないと怒られるぐらい『メモ文化』だったから良かった。あとは現場でメモをとった後、数日内にメモを体系立てて整理しています」
●日本で潜入取材が市民権を得ないのは、潔癖主義があるから?
ーー日本の新聞やテレビは企業への潜入取材はしておらず、それほど市民権を得ていないように思います。なぜでしょうか。
「潜入取材に対し、日本人の潔癖主義というか悪いことをしている、卑怯なんじゃないのという気持ちがどこかにあるんだと思います。法的には何も問題がないのに。イギリスではBBCなど大手メディアが潜入取材をしています。
1970年代に鎌田慧さんが、トヨタ自動車の組み立て工場に期間工として潜入取材した『自動車絶望工場』が大宅壮一ノンフィクション賞の候補に上がったときに選考委員から『卑怯だ』と声が上がりました」
ーー最近の取材手法として、SNSで企業の内部の人が告発してそれを取材して記事化するパターンも多いような気がしますが、潜入取材との大きな違いは何でしょうか。
「声を上げる人に話を聞くのは取材の王道ですよね。でもそれだと声が上がるのを待つことになりますよね。潜入取材は取りに行くという感じです。取りに行って空振りすることもあるけれども」
配信: 弁護士ドットコム