一昨年に亡くなった「香川の怪人」こと菊丸正さん。人智を超越した釣りの腕を持つこの老師の伝説を風化させたくない。ということで、書く機会があれば、私は何度でも書くし、何度でも語るつもりだ。そして菊丸伝説はいずれ神話として語り継がれることだろう。
【現地案内人】の中に逸材あり!
釣りライターという仕事をやっていると、毎月のように『釣りの達人』と呼ばれる人にお会いする。もちろん、みなさん釣りが上手なのだが、その中でも別格と言える才能を持っている釣り人が何人か存在する。例えば村上晴彦さんなどがそれに値する。彼の洗練された所作を見た人は、他の釣りを嗜んでいる人であっても抜群のセンスを感じるに違いない。真の天才釣り師といっていいと思う。他にも何人かそういう方がいるが「俺は入ってないのか?」と文句を言う人が出ると面倒なので、全員の名前はあえて出さない(笑)。
有名アングラーだけではなく、「知る人ぞ知る」というレベルのローカルアングラーの中にも、恐ろしい腕の持ち主がいる。例えば取材時の現地案内人だ。有名アングラーが地元以外で釣りの取材を受けるときは、その地域の地元アングラーに案内を頼むことも少なくない。その案内人の中に、逸材が隠れていることが多いのだ。現在メディアで活躍しているアングラーの中にも、“元案内人”がゴロゴロいる。ある意味、取材の案内人は有名アングラーへの登竜門なのかも知れない。
そんな案内人の中に、想像を絶するほどの釣技を持っている人がいた。それが「香川の怪人」こと菊丸正さんだ。残念ながら、一昨年の4月に81歳で亡くなってしまったのだが、野池のオカッパリに関しては、彼以上の腕を持つ人を私は知らない。
私は【アワセなし釣法】を目撃した!
菊丸さんは、子供の頃のIQが180だったとか、1m30cmのライギョを釣ったことがあるとか、様々な逸話を持っている人物。そして、野池の案内を頼むと、その情報の信頼度が高く、高確率でいいサイズのバスが釣れる。私は、仕事でも何度もお世話になっているし、プライベート釣行でも何度か一緒に釣りをしたことがある。ちなみに、菊丸さんのクルマの中は、常にサザンオールスターズが大音響で流れていた。
菊丸さんの凄さの秘密は、一つには圧倒的な遠投能力にある。彼は到底届きそうにない野池の対岸に、ベイトタックルで軽々とワームを送り込んでしまうのだ。だから、無防備なバスを釣ることができる。私が投げてもどうしても届かなかった対岸から、ポンポンと50アップを2本釣られたこともある。それも最新のタックルではなく、ロッドはダイワのアモルファスウィスカーだった。初めてお会いした時、彼はすでに60歳くらいだったが、70歳を過ぎてもあの遠投能力は衰えなかった。
ある時、菊丸さんは、バスをバラした私にこう言った。「お前はアワセるからダメなんじゃ!」。アワセるとダメ…?たしかに対象魚によってはそういう釣りもあるだろう。でも、バスフィッシングの場合、アタリがあったらアワセるのが鉄則。一体何が言いたいのだろうと悩んでいると、菊丸さんがスピナーべイトでいいサイズのバスを1本掛けた。そして、そのバスを水面から1.5mほどの高い足場まで抜きあげた。
「よく見ろよ」。菊丸さんはそのバスを指さすと、草の上に横たわったバスが、スピナーベイトを吐き出したのだ。「ほら、アワセないと簡単じゃろが!」。といって笑い、バスをリリースした。
どういうことかというと、バスに口を開けさせないようにファイトして、口を開けさせないように抜き上げたのだ。そうすると、フックを外す手間が省ける。だから、アワセない方がいいという感じの話しっぷりだった。このとき、私は菊丸さんの域に到達することは、一生ないだろうなと痛感した。
配信: 釣りビジョンマガジン