3、不動産会社には心理的瑕疵の告知義務がある
不動産会社は、物件の売買・賃貸を仲介する場合、その物件に心理的瑕疵があれば、契約の各当事者に対して告知すべき義務を負っています。
この義務のことを、「告知義務」といいます。
告知義務があるのなら安心だと考える人もいるかもしれません。
ですが、告知義務にも一定の限界があります。
物件内や、物件の周辺で発生した人の死や事件・事故のすべてが対象となるわけではないのです。
本章では、告知義務の内容について詳しく解説します。
(1)告知義務とは
告知義務は、不動産会社が物件の売買・賃貸を仲介する場合、その物件に何らかの欠陥や不具合があれば、その事実を契約前に買主・借主に対して伝えなければならない義務です(宅建業法第35条)。
心理的瑕疵も、通常の人が「事前に知っていたら契約しない」と考える以上、契約上重要な事項に当たりますので、告知義務の対象となります。
不動産会社は、事実を知りながら故意に告げないことや、誤った事実を伝えることを禁止されています。
問題は、どのような事実が「告知義務の対象となる心理的瑕疵」に含まれるのかという点です。
(2)告知義務の内容
前記「1」でご説明したように、「心理的瑕疵物件」にも「事故物件」にも明確な定義はありません。
以前はどのような事実を告知するかの基準が不動産会社によって異なっており、そのために買主・借主とのトラブルも少なからず発生していました。
そこで、国土交通省から2021年10月に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」といいます。)が発表されました。このガイドラインで、告知義務の範囲について一定のルールが示されることとなったのです。
なお、ガイドラインは居住用不動産にのみ適用されるものであり、事業用不動産には適用されません。
ガイドラインでは、不動産会社が「告知しなくてもよい事実」を列挙しています。そのうえで、人の死に関するそれ以外の事案のうち「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合」は告知しなければならないとされています。
告知しなくてもよい事実は、以下のとおりです。
①賃貸借・売買の対象不動産で自然死・日常生活の中での不慮の死が発生した場合
自然死とは主に病死や老衰による死のことを指し、日常生活の中での不慮の死とは、例えば転倒事故や誤嚥などによる死のことを指します。
要するに、事件性のない人の死亡と言い換えることができます。
孤独死も、基本的には「自然死」に該当し、告知義務の対象となりません。
②賃貸借の対象不動産で上記①以外の死が発生し、その後おおむね3年が経過した場合
自殺や殺人事件による死、火災による焼死・窒息死などが発生した場合は告知義務の対象となります。
しかし、これらの場合でも死の発生からおおむね3年が経過した後は、告知義務がなくなるということです。
③上記①の死が発生して特殊清掃が行われた場合、死の発生からおおむね3年が経過した場合
孤独死等で長期間発見されずに遺体が腐敗するなどして、特殊清掃が行われた場合は告知義務の対象となります。
しかし、死の発生からおおむね3年が経過すると告知義務がなくなります。
④賃貸借・売買の対象不動産の隣接住戸で①以外の死が発生した場合
契約しようとしている物件内ではなく、隣の物件で自殺や殺人事件による死、火災による焼死・窒息死などが発生した場合は告知義務の対象となりません。
⑤賃貸借・売買の対象不動産の隣接住戸で①の死が発生し特殊清掃が行われた場合
孤独死等で特殊清掃が行われた事案についても、契約しようとしている物件内ではなく隣の物件で発生した場合には、告知義務の対象となりません。
⑥賃貸借・売買の対象不動産が集合住宅で、買主・借主が日常生活で通常使用しない共用部分で①以外の死が発生した場合
集合住宅とは、マンション・アパート・コーポなどのことです。
集合住宅内の共用部分(玄関、エレベーター、階段、廊下等)で発生した自殺や殺人事件による死、火災による焼死・窒息死などでも、買主・借主が日常生活で通常使用しない部分で発生した場合は告知義務の対象となりません。
⑦賃貸借・売買の対象不動産が集合住宅で、買主・借主が日常生活で通常使用しない共用部分で①の死が発生し特殊清掃が行われた場合
孤独死等で特殊清掃が行われた事案が⑥と同様の部分で発生した場合も、告知義務の対象となりません。
ただし、①~⑦の基準は絶対的なものではありません。
告知義務がないとされている事案でも、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い場合など、特段の事情がある場合には告知義務が発生する場合もあるとされています。
告知義務のある事案が、特段の事情によって告知義務なしとされることはありません。
居住用不動産の買主・借主にとっては、ガイドラインが示されたことによって以前よりも安心できる状況になっているといえます。
4、告知義務違反で心理的瑕疵物件に入居してしまったときの対処法
もし、告知義務違反で心理的瑕疵物件に入居してしまった場合は、契約を解除することができます。
契約を解除しない場合は、売買代金や家賃の減額請求が可能です。これらの請求とは別に、損害賠償も請求できます。
(1)契約を解除する
告知を受けずに心理的瑕疵物件を購入してしまった場合は、目的物が契約の内容に適合していないことになります。
つまり、売主は債務の本旨に従った履行をしていませんので、買主は債務不履行を理由として売買契約を直ちに解除できます(民法第542条)。
賃貸借の場合も同様に、借主は貸主の債務不履行を理由として賃貸借契約を解除できるのです。
(2)売買代金・家賃の減額を請求する
心理的瑕疵に気付いても契約を解除せず、その物件に住み続ける場合は、売買代金・家賃の減額請求が可能です。
売買の場合、買主は売主の契約不適合責任に基づき、売買代金の減額を請求できます(民法第563条)。
賃貸借の場合は、賃借物の一部が使用不能になったものとして、家賃の減額請求が可能と考えられます(民法第611条)。
適正な売買代金・家賃がいくらであるのかについては、売主・貸主との交渉が必要です。
(3)損害賠償請求をする
以上の請求とは別に、買主・借主は損害賠償請求も可能です。
不動産会社の仲介で契約した場合、通常は宅建法上の説明義務違反(告知義務違反)という不法行為に基づき、不動産会社に対して損害賠償請求も可能です(民法第709条、第710条)。
請求できる賠償金としては、売買契約や賃貸借契約に要した費用や、売買の場合は登記費用、引越し代などです。
上記に加えて、心理的瑕疵物件に居住することを余儀なくされたことに対する慰謝料の請求も可能な場合があります。
配信: LEGAL MALL