●批判をはねのけた理念「困難のなか生きる母子を救いたい」
子どもの命を最優先に考えている慈恵病院では、行政の保護施設と異なり、匿名であっても預けられる仕組みを10年間にわたり徹底してきました。
開設当初は第1次政権の安倍晋三首相が「大変抵抗を感じる」と述べるなど、懸念の声も少なくありませんでした。
しかし、「捨てられる命を救う」という理念のもと、妊娠・出産を知られたくない人に、安心して赤ちゃんを預けてもらいたいと取り組みを継続。困難を抱える母親と子どもを支えてきました。
「子どもを預けた理由としては、生活困窮や未婚、世間体などの問題を抱えていることが多いです。誰にも相談できない、また相談したけど育てられないという結論にいたったケースが見受けられます」(田尻さん、以下同)
そもそも困難を抱えるなかで出産をすることに疑問を感じる人も少なくないかもしれません。だからといって、批判するだけでは子どもを守ることはできないと田尻さんは言います。
「中学生で妊娠してしまい自宅で一人だけで出産して、黙って預けるなど、お母さんが未成年の場合も結構多いです。乳幼児の遺棄事件が絶えないなか、私は最後の愛情で、こうのとりのゆりかごに預けてくれたんだと信じています。あと、子どもを育てられない親だと責められるのは、女性ばかりです。男性の責任はというと逃げてしまうケースばかりなので追及されない。無責任な男性の姿についてもきちんと議論されるべきだと思います」
●赤ちゃんポストがない世の中が理想。でも現実は違う
どんな理由があろうとも、子どもは生まれる権利も育つ権利もある、「こうのとりのゆりかご」はあくまでも“子どもファースト”の姿勢を貫いています。
「日本では『産んだ親が育てる』という考えが強すぎて、子どもの権利がないがしろにされがちなのかもしれません。欧米では、実子がいても他人の子どもを養子にして育てる人もいますよね。価値観の違いだと思いますが、国の宝である子どもを社会全体で養育していく意識が広まっていくといいなと個人的には考えています」
赤ちゃんポスト発祥のドイツでは、2000年に最初の「赤ちゃんポスト」が保育園に作られてから、現在までに100カ所以上に設置されています。しかし日本では2007年以降、開設を検討する施設はあったものの、赤ちゃんの安全確保に懸念が残るということから、慈恵病院に続く施設はいまだありません。
「本当は、『こうのとりのゆりかご』がなくてもいい世の中が理想です。実際、預けられる子どもの数は年々減少していますが、逆に電話相談は増えています。現実には、子どもの養育に困難を抱えている親御さんは、全国にたくさんいるのだろうと感じます。慈恵病院は民間の事業者ですが、国や行政もそうした現実に寄り添って欲しいと思っています」
賛否両論、さまざまな議論を巻き起こしてきた「こうのとりのゆりかご」。開設から携わってきた当事者である田尻さんは、現在も母親や子どもたちの支援に奔走しています。10年目のいま、慈恵病院の功績をあらためて見つめることが、これから生まれてくる子どもたちの未来を考えることにつながるのではないでしょうか。
(取材・文=末吉陽子/やじろべえ)