車に轢かれそうな子どもを助けるため、車の前に飛び込む──。
ドラマやアニメでよく見られる光景です。格好良く子どもを救助し飛び込んだ人も無傷ということもあれば、残念ながら飛び込んだ側が交通事故で死傷してしまうケースもあります。
ドラマやアニメとしてはストーリーの転機となる出来事という位置付けかもしれませんが、車を運転していたドライバーからすれば、みずから車の前に飛びこんできて、被害者が増えてしまったともとれます。
もし現実で同じような事故が起きた場合、ドライバーは助けに飛び込んできた人への治療費などを負担することになるのでしょうか。半田望弁護士に聞きました。
●「当たり屋」のような極端なケース以外では「原則ドライバーの過失」
──故意に飛び出してきた人に対しても、ドライバーは治療費等を負担することになるのでしょうか。
交通事故を含む不法行為の場面では、原則として加害者に「故意又は過失」がある場合、それによって生じた損害を賠償する義務を負います(民法709条)。また、ここで言う過失とは「結果を予見し、回避する義務に違反したこと」をいいます。
なお、自動車損害賠償保障法3条では、人身事故の場合、ドライバーが自らの無過失を立証しない限り、事故によって生じた損害を賠償する義務を負うと規定しています。
自動車で道路を走行している場合には、他車の予想外の動きや歩行者の飛び出し等も予見して運転をすべき注意義務がドライバーに一般に課されていると理解されますので、歩行者の飛び出しによる事故の場合、いわゆる「当たり屋」のように歩行者が故意に自動車に衝突したような極端な場合以外では原則としてドライバーに過失があると考えられます。
説例のケースでは、救助者が防止しようとした子どもの飛び出し事故発生(の可能性)についてはドライバーの予見義務違反があると考えられますし、飛び出してきた子どもを助けようとする人が出てくることも一般論としては予見が可能と思われますので、ドライバーにはそのような救助者を含めて事故を起こさないようにする注意義務があると考えることが妥当と思われます。
もちろん、ドライバーが子どもの飛び出しを事態をまったく予見できなった場合や、必要な注意を払っても事故発生を回避できない場合には過失がないとされる可能性がありますが、前述した自賠法の定めによる無過失の立証は相当に困難と言えるでしょう。
またこのように理解しないと、飛び出さず救助しない場合にはドライバーに賠償責任が生じるが、飛び出して救助した場合にはドライバーに責任がないことになり、救助しない方がよいということになってしまいますが、社会的にこのような結論は不合理だと考えられます。
ただし、被害に遭った側にも過失がある場合に過失相殺の問題が生じることは通常の交通事故と同じです。
●過失割合はどうなる?
──ドライバーが賠償責任を負担する場合、過失割合はどうなるのでしょうか。
過失割合は本来個別具体的な事故の状況に応じて定まるものですが、公平性及び予見可能性の観点から、出版当時の東京地方裁判所民事27部の裁判官を中心としたグループが「東京地裁民事交通事故研究会」という名義で、典型的な事故についての過失割合の考え方を「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」として示しています。
説例の具体的な事故状況は不明ですが、最新版(2014年)の基準によると、たとえば歩車道の区別がある道路において道路を横断中の歩行者と道路を走行中の自動車が衝突した場合、歩行者の横断行為にも相当の危険性があることをふまえ、基本過失割合は「歩行者が20%」(自動車が80%)とされています。
その上で具体的な過失割合は事故が夜間か昼間か、事故現場が幹線道路か否か、住宅街か否か、横断禁止の規制があるか否かなどで変わってきますし、被害者に重大な不注意(過失)がある場合にはその点も斟酌されます。
このような個別具体的な事情をふまえて最終的な過失割合が定まりますので、一般論として述べられるのは、「基本過失割合がどう考えられているか」と「どのような事情が修正要素となるか」という程度です。説例でも具体的な事故の状況をふまえて過失割合を検討することになります。
なお、事故を防ごうとして被害に遭った場合、救助者の飛び出しという点が被害者側の過失として斟酌されるかどうかについては明確に述べた裁判例や文献は見当たりませんが、正当防衛(民法720条)の考え方を斟酌すれば、救助者側の過失を過剰に斟酌することは適切ではないと考えます。そうすると、説例での過失割合は通常の飛び出し事故と同じ程度となると考えてよいのではないでしょうか。
【取材協力弁護士】
半田 望(はんだ・のぞむ)弁護士
佐賀県小城市出身。主に交通事故や労働問題などの民事事件を取り扱うほか、日本弁護士連合会・接見交通権確立実行委員会の委員をつとめ、刑事弁護・接見交通の問題に力を入れている。また、地元大学で民事訴訟法の講義を担当するなど、各種講義、講演活動も積極的におこなっている。
事務所名:半田法律事務所
事務所URL:https://www.handa-law.jp/
配信: 弁護士ドットコム