時の総理大臣にヤジを飛ばして警察に”排除”された市民2人が国家賠償を求めた訴訟。5年に及んだ争いは今年8月、とってつけたような「痛み分け」で決着した。
原告が「半分勝訴」と評する決定は、全体としては、その人たちが主張した「表現の自由」を認める内容ながらも、そこから導かれるべき結論がどうにもすっきりしないものとなった。
最終的な司法判断を得た原告たちはその決定をどう受け止めたか。その後の当局の対応なども含め、言論・表現の自由をめぐる長い闘いの顛末を報告したい。(ライター・小笠原淳)
●桃井さんへの排除行為は違法とされたが・・・
語られた違和感は、ごく素朴な疑問に由来する。
「私のほうが認められて大杉さんのほうが認められない、そのラインって何なんだろうと。やっぱりわからないままというか、モヤモヤが残るというか、結局どうなのかってことが全体としていまいちわからない。こんな判決が決まっちゃうのって」
声の主は、札幌市の団体職員・桃井希生さん(29)。前々回の参院議員選挙期間中だった2019年7月、与党系候補の応援演説で札幌を訪れた安倍晋三首相(当時)に「増税反対」などとヤジを飛ばして演説の場から排除され、長時間にわたって警察官につきまとわれる被害に遭った。
同じく「安倍やめろ」とヤジを飛ばして排除された札幌市の福祉職・大杉雅栄さん(36)とともに北海道警を設置する北海道に損害賠償を求める国賠訴訟を起こしてから、4年半あまりが過ぎる。上の発言は、その裁判の最終的な結論が伝えられた今年8月20日午後、札幌市内で開かれた記者会見であったものだ。
この前日、最高裁第1小法廷(深山卓也裁判長)が出した結論は、地元の札幌高裁(大竹優子裁判長=当時)が2023年6月に言い渡した控訴審判決を確定させるものとなった。桃井さんの感じる「モヤモヤ」は、この高裁判決への疑義がまったく顧みられず、上訴の要件を満たしていないという理由だけであっさり不服申し立てが退けられたことによる。
言い渡し当時、原告代理人らが「結論ありき」と強く批判したのは、警察官による桃井さんへの排除行為を違法認定しつつも、大杉さんへの排除行為は適法だったとする、いわば「半分勝訴」判決だ。
これに道警が「上告受理申し立て」を、また大杉さんが同じく申し立てと「上告提起」をおこなったことで争いが最上級審へ持ち込まれ、結果、最高裁が双方の上告受理申し立てに不受理決定を、大杉さんの上告に棄却決定を出すこととなった。
手続きが2通りあるのは不服の理由によって対応が区別されているためだが、今回の決定で最高裁は不受理・棄却の具体的な理由を明かしていない。ごく短い決定文で前年の札幌高裁判決が確定し、かくて「モヤモヤ」は残った。
●大杉さんは高裁で「逆転敗け」を喫していた
実質敗訴した大杉さんは、1審判決では全面勝訴しており、高裁で逆転敗けを喫したかたちだ。2審判決から1年あまり溯る2022年3月、札幌地裁(廣瀬孝裁判長=当時)は警察官らの排除行為の多くを違法・違憲と評価する判決を出し、当時の一連の警察対応が「表現の自由」侵害にあたると指摘し、被告の北海道警察に原告2人への損害賠償を命じた。
言い渡しの場では「ヤジは選挙妨害」なる事実誤認の言説がSNSなどで拡がりつつあった状況に警鐘を鳴らすかのように、廣瀬孝裁判長が強い口調で「そのような主張は被告(道警)ですらしていない」と付言している。
原告が得た「完全勝利」の判決は、しかし、すでに述べた通り1年あまりの寿命に終わった。地裁の判断を不服とした道警が控訴したことで、争いの場は高裁へ。その審理では、荒唐無稽とも言える道警の「再現動画」や排除正当化の根拠として提出された「暴行動画」などが原告側の失笑を招き、およそ逆転の兆しがみられないまま結審に至っている(https://www.bengo4.com/c_1009/n_15455/)。
ところが、その高裁が出した結論は「半分勝訴」の一部逆転判決。今回の最高裁決定を受けた先述の会見では、原告代理人らがこれを振り返り、改めて「非常識な事実認定」と批判することになる。
「高裁は、与党関係者が大杉さんの腕を軽く押した場面の映像を根拠に、大杉さんの生命・身体に危険が及んだと判断しています。これはどう考えても非常識な判断。裁判所がどういう意図をもっていたのかはわかりませんが、この非常識な判断が今回の結果を招いたということに尽きると思います」(小野寺信勝弁護士)
配信: 弁護士ドットコム