●原告代理人「公安委員長が引責辞任すべき事態と言ってもいい」
刑事司法機関が一斉に袖にした訴えは、民事裁判でようやく実を結ぶことになる。繰り返すが、そこに至るまで5年強。大杉さん・桃井さんが実質全面勝訴した先の札幌地裁判決を道警が受け入れていれば、争いは2年半で決着したはずだった。
1審判決に抵抗し、控訴・上告に踏み切った道警は、地方自治体・北海道の一機関。その長である鈴木直道知事は、上訴の判断に事実上関与しなかったことを過去の議会答弁などで認めている。控訴も上告も、ひとり警察本部の判断でその方針が決まり、知事決裁は副知事が代行していたのだ。蚊帳の外だった鈴木知事は、今回の判決確定から1週間が過ぎた8月27日の定例記者会見で改めて判決について問われ、こう答えた。
「本件につきましては、警察官の職務執行を管理し、事実関係を把握している道警察において、第一審から一貫して方針を判断して対応したものです」
主語は飽くまで「道警察」。自身の不在を自ら強調するかのような回答は、こう続く。
「今後の対応につきましても、道警察において適切に進められていくものと考えております」
当の道警は、筆者の取材に「当方で上告受理申し立てをした事件については、当方の主張が認められなかったものと受け止めている」と回答、あわせて「最高裁の決定を真摯に受け止め、今後の警護に万全を期していく」とコメントした。
道警の判断をスルーしたのは、自治体トップの知事のみではない。本来警察を監督するはずの公安委員会もまた、道警の方針にまったく異を挟むことなく2度にわたる上訴の決定を受け入れた。先述の大杉さんらの会見に同席した齋藤耕弁護士はこれを厳しく批判する。
「警察を指導・監督すべき公安委員会は、道警の報告を受けただけで判決文も読まずに了解を出しました。結果として警察の違法が認められた事件で、何のコントロールもできなかった、何もしなかった。これは公安委員長が引責辞任すべき事態と言ってもいいと思います」
筆者はその公安委へも取材対応を打診、「今回の最高裁決定をどう受け止めるか」及び「一連の対応は適切だったか」の2つの問いを向けたが、2日を経て返ってきた”回答”は次の一文のみだった。
《個別の案件について取材対応及びコメントは致しかねます》
なお、公安委の取材対応窓口は道警の広報課となっている。警察の指導・監督を担う公安委と、それを受ける立場の警察とは、事実上は互いに独立していないようだ。
●原告「二度とこんなことが起こらないようにちゃんと検証すべき」
9月9日午後、桃井さんは北海道政記者クラブで多くのカメラに囲まれていた。
「まず知事は、こういう判決が出たことを重く受け止めるべきだと思います。表現の自由が奪われたことを司法が認めたわけですから。警察や公安委員会についても、5年にわたる裁判で『違憲』『違法』という判決になったのに、それを受けて処分とか再発防止策とか何もしないんだったら、本当に司法が軽視されていることになる。
『裁判に敗けました。慰謝料払いました。はい終わり』で済むわけないと思います。二度とこんなことが起こらないようにちゃんと検証すべきですし、排除に関わった警察官、その時の責任者の本部長も含めて、処分をすべきだと思います」
実質勝訴が確定した桃井さんはこの日、裁判の相手方だった北海道の各機関に要請書を提出し、謝罪や関係者の処分などを求めた。提出先は知事部局と警察本部、及び公安委員会の3機関。いずれの対応も知事や警察本部長などではなく職員が代行し、あまつさえ知事部局については当初、直接の手交を拒んで要請書の郵送提出を促してきたという。
申し入れの具体的な内容は、知事に対しては「謝罪」「再発防止策の実施」及び「違法行為の原因の検証と結果の公表」、警察本部に対しては先の3点に加え「関係者の処分」、公安委に対しては「警察への適切な指導」及び「一審判決後の対応の原因の検証と結果の公表」。ただ、知事と警察への要望は道側に回答の義務がなく、場合によっては何の反応も得られない可能性がある。
一方、残る公安委への申し入れは警察法79条で定める「苦情申出」の形をとっているため、同法に基づいて苦情処理の結果が文書通知される可能性があった。その公安委が先の齋藤弁護士あてに『連絡書』を送ってきたのは、申し入れから3日を経た9月12日のこと。以下、その全文を採録しておく。
《令和6年9月9日に受理した文書により、齋藤様から北海道公安委員会宛に申出のありました件については、北海道警察に調査を指示いたしました。回答には時間を要する場合がありますので、御承知おきください》
桃井さんらが公安に求めたのは、警察への適切な指導と、公安委自らのこれまでの対応の検証などだ。その要請に対して返ってきた答えが「警察に調査を指示」。齋藤弁護士は「あまりに他人事のような対応に驚きを感じる」と歎息する。
配信: 弁護士ドットコム