“パパ”に対する社会からの無言の圧力
不都合な感情と向き合えるようになり、少しずつ自身の弱さを認められるようになった白岩氏ですが、自身の中の固定観念を脱せるようになってきてからも、男性を型にはめようとする無言の圧力を社会から感じ続けたと振り返ります。
「例えば、子育てにおいては、妻と同じことをしているだけで、周囲からは『いいパパだね~』と褒められる。一方で、体調がすぐれない子供を病院に連れて行くと、医師や看護師から『お子さんのことは、ママにきかないとわからないですよね』と言われたりして、父親ってこういうものだよね、という固定観念が社会に根強く残っているのを感じるんです」
ママ友と違ってパパ友が作りづらいのも、多くの男性が従来の“男らしさ”に縛られていている所以だと分析。
「妻を見ていると、子育てにおける悩みの共有というのが、親しいママ友を作る上で非常に重要なんだなと思うんです。でも、男性の多くが、自身の葛藤をさらけ出すことは 、“男らしさ”の否定や尊厳の喪失と捉えてしまっていて躊躇しがち。僕自身も子育てをしていて、いろいろとつらいことがあるのに、長いあいだそれを共有できるのは妻だけでした。
ただ、そこを乗り越えると、父親としての景色が少し変わる気がするんです。今、僕がパパ友として楽しく話すことができるのは、家事や育児に向き合い、仕事に追われながらも、従来の父親像から脱却しようと自分なりの父親としての生き方を模索している男性ばかり。道しるべのない父親としての葛藤を正直に打ち明けあえるから、自分は一人じゃないんだなと思えるし、同じ時代に一緒に子育てをしているんだなと感じられます」
「中年の男性はもっと怒って良いんじゃないか」
“男らしさ”の呪縛に苦しめられた白岩氏に、今の社会はどのように映っているのでしょうか?
「Z世代より下の世代は、共働きで世帯の収入を高めることや、男性が主体的に子育てに関わるのは当たり前。男性だって弱さをさらけ出すのは恥ずかしいことでないという価値観が育ってきている世代のように思えます。対して、バブル世代より上の世代は、社会が作り上げた“男らしさ”を押し付けられて、自身のナイーブな感情を押し殺さざるを得なかった世代で、価値観が分断されています。
そして、僕を含めて、その中間に位置する団塊ジュニアや氷河期世代は、上の世代から男らしさの教育を受けて育ったものの、価値観が移行する狭間に当たって、表向きは順応しようと努力していても、内心では苦しんでいる世代です。
結局のところ、何が『男らしさ』とされるかは、その時代や社会によって異なるし、そこに馴染めなければ生きづらさに苦しめられてしまう。社会全体がそうした被害を生んでいる以上、いっそ男性のナイーブな感情が抑圧されてきたことを認めてくれたら、“男らしさ”に苦しんでいる人も少しは減ると思うけど、なかなかそれも難しい。
でも、一個人の思いとして、子供の頃から感情を抑圧されてきたことについては、社会の責任もあるよなって思いながら生きてもいいんじゃないかなと。これまでの社会から『男は強くないといけない』という価値観を押しつけられてきたことに対して、中年の男性はもう少し怒っても良いんじゃないかと思っています」
【白岩玄氏プロフィール】
作家。1983 年、京都市生まれ。2004 年『野ブタ。をプロデュース』(河出書房新社)で第 41 回文藝賞を受賞しデビュー。同作は第 132 回芥川賞候補作となり、テレビドラマ化される。ほかの著書に、男性の生きづらさを描いた『たてがみを捨てたライオンたち』(集英社)などがある
<取材・文/谷口伸二 画像/Adobe Stock>
配信: 女子SPA!
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