花岡なしでは物語が成立しない
轟の悲痛を(おそらく)唯一共有できる視聴者は、花岡なしではこの先の物語が成立しないんじゃないかという不安に打ちひしがれるのではないだろうか。筆者もそんな強い不安を感じたひとり。
そう感じさせるのは、花岡を演じた岩田剛典の名演が何より大きいと思う。最近はパフォーマー、俳優、ソロアーティストと三足の草鞋を履く岩田だが、俳優としての彼はひとえに“物語る人”であることを確認しておかなくてはならない。
岩田が演じる花岡悟というキャラクターは、信念に貫かれた、熱く不器用な人。戦後は闇市を取り締まり、食糧管理法を担当する裁判官として職務を全うしようとした。花岡ひとりの人生で本作の物語全編が成立してしまいそうだ。
花岡のモデルは佐賀県出身の山口良忠判事。1947年に栄養失調で倒れても裁判を続けた。その上で岩田は花岡役に息を吹き込む。視聴者は悲劇の裁判官の人生そのものを見つめながら、同時に花岡役の岩田が独自に醸す佇まいをサイドストーリー的に重ねて見ていたのではないだろうか?
花岡と一心同体の岩田剛典
花岡がもう画面内には登場しないと思うと、脳裏に浮かぶのは花岡と一心同体の岩田剛典が残してくれた数々の名場面である。順番にさかのぼりながら、追想してみよう。
寅子と花岡が最後に会ったのは、第49回。久しぶりに再会したふたりがベンチに座り昼食をともにするのだが、それぞれ膝に置かれた弁当の中身があまりにも非対称。
寅子は闇市で買ったお米と卵焼き。花岡はさつまいもの欠片と小さな握り飯。寅子は思わず弁当に蓋をするが、花岡は告発なんかしないよと涼しい表情。でも明らかに元気がない。明律大学時代はあれだけ寅子と言い合いをしていた花岡の元気が丸ごと吸い取られてしまったように。
別れ際、寅子は貰い物のチョコレートを半分、花岡に渡す。最初は受け取らない花岡だが、「お子さんに」と言われ、そっと受け取り、「ありがとう、猪爪」と返す。この一間置いた「ありがとう」と花岡の表情がやけに胸に刺さる。疲弊し、渇いた魂から振り絞った感謝の一言だったのだろう。
配信: 女子SPA!