特別な響きをともなう「ありがとう」
花岡が餓死することをまだ知らないのにすでに目頭が熱くなる。なぜだか無性に。それはおそらく岩田にとっても感謝の言葉が特別なものだからだ。2021年9月15日に1stシングル「korekara」をリリースして以来、ソロアーティストとしての岩田は、自分にずっとついてきてくれるMATE(岩田剛典ファンの呼称)たちへの感謝をことあるごとに口にしてきた。
ライブのステージでもインタビュー記事でもどこでも。1stアルバム『The Chocolate Box』のリード曲「Only One For Me」はMATEへの感謝を込めて作られたナンバー。
「進めばどんどん 増えていく」や「“ありがとう”の言葉で 伝え切れないよね だからいつか届くまで」という歌詞には感謝を口にすることの重みと言葉だけでは済ませない態度が示されている。
それだけに岩田が花岡役を通じて言う「ありがとう」もやっぱり特別な響きをともなってくる。寅子への感謝を口にしたのは、第49回だけではない。第7週第32回で、裁判官の試験に合格した花岡とそれを祝福する寅子がレストランで食事をする場面。
合格の報告を電話で伝える直前の場面でもとにかく花岡は嬉しそうだった(受話器を耳にあてる表情が息を呑む素晴らしさ!)。地元・佐賀まで伴侶として寅子に連れ添ってもらいたい。そう思いながら、寅子のキャリアを邪魔できないというジレンマ。結局レストランでの花岡は煮えきらず、寅子に愛を伝えられない。
ビタースイートに尾を引く場面
帰り道、花岡は「駅まで送って行こうか?」とさりげなく聞くが、寅子は事務所に寄っていくと言う。もし駅まで送っていけたら、花岡と寅子は結婚しただろうか? そんなたらればを持ち出すまでもなく、何も言い出せなかった花岡の心境がただただビタースイートに尾を引く。
何となく気にしているのか、していないのか、寅子が「お互い頑張りましょうね」と手を差し出す。花岡はためらいがちに右手で握り、「ありがとな、猪爪」と返す。そして歩き去る。その背中に向かって寅子が「またね、身体に気をつけてね」と言う。
花岡は何も言わず、さっきまで寅子の手を握っていた右手をあげてあばよという感じ。ふたりを写す引きの画面(構図)が完璧だ。中景には街頭と噴水。花岡の右手。その振りを見て、イタリアルネサンスの画家ボッティチェリが振り付けたかのような美しさを感じた。静かなようでその実ドラマティックな西洋絵画的な物語がそこにはあったからだ。
配信: 女子SPA!