電動キックボードは、条件次第で免許やヘルメットなしで乗ることができ、LUUPなどのシェアサービスの利用拡大も手伝い、都市部や観光地などの“お手軽な移動手段”として広まってきていますが、中には「ガッツリ仕事で使う」猛者もいるようです。次の投稿がSNSで話題となりました。
<友人の会社の激ヤバ新卒、なんと営業巡回をLUUPで行ったあと上司に「LUUPってどうやって経費精算すれば良いんですか?」って聞いてたらしくZ世代を感じる。>
どうやら、電動キックボードをレンタルして営業の外回りをした新卒社員が、帰社後にレンタル代を経費精算しようとしたということのようです。
自転車や社用車での営業が珍しいわけではなく、時にはタクシーなどを利用することもあると考えれば、レンタルの電動キックボードも営業時の移動手段として「ナシ」とまでは言えないのかもしれませんが、これまでにないスタイルであることは確かでしょう。
会社のルールがどうなっていたのか、また事前に会社の許可をもらっていたのかなどの詳細は不明ですが、営業時の移動手段として電動キックボードをレンタルした場合、レンタル代は経費精算できるのでしょうか。今井俊裕弁護士に聞きました。
●業務利用を規制する法令はないが…
──営業の外回りでレンタル電動キックボードを利用することは何か問題あるのでしょうか。
電動キックボードの運転に対する法令上の規制は非常に緩やかです。それがシェアサービスを利用する消費者に訴求する“うまみ”でもあります。
企業の外回りの営業担当者が得意先等へ訪問するにあたって、レンタルの電動キックボードを利用することそれ自体を規制する法令はありません。ですから、問題になるとすれば、企業と従業員との間の関係をしばる就業規則その他の労働条件に反するかどうかでしょう。
逆にいえば、企業が就業規則等で外回り営業活動における電動キックボードの利用を禁止していれば、その禁止措置を無効とする材料も現在の社会情勢を前提とする限り見当たりません。
──営業の外回り時の移動手段について、一般的に企業側はどのようにコントロールしているものでしょうか。
電動キックボードに限らず、外回り営業にあたる従業員が運転する乗り物が加害車両として交通事故を起こせば、その車両の運行を管理して支配している会社は被害者に対して運行供用者として損害賠償責任を負います。同時に、その従業員を雇用する使用者でもあるので被害者に対し使用者として損害賠償責任を負います。
企業としてはこのようなリスクがあることから、社用車等の使用にあたって、「事前の承認が必要である」などのルールを定めることになります。
具体的には、社用車を運転することができる従業員を事前に定めておくとか、過去に勤務中に交通事故を起こしたような従業員は予め外しておくなど、いくらでも方法はあります。会社の管理部門が営業に出る従業員にその都度自動車キーを受け渡す仕組みにし、その受け渡し行為を黙示の利用許可と扱う、などの方法もあります。
いずれも、「社用車利用規則」等の明文の規則がなくとも、いわば黙示のやりとりが社内慣行として扱われていることもあるでしょう。会社側としては通常、誰でも社用車を運転していいとは考えていないからです。
──もし会社が「電動キックボード利用禁止」を明確にしていた場合でも、電動キックボードで事故を起こせば会社の責任になるのでしょうか。
状況や事案にもよりますが、電動キックボードの運行を会社が管理してその利用料を支払っているとは言いがたく、会社が被害者に対して損害賠償責任を負うリスクは低減すると思われます。
使用者の責任を定める民法も、会社が従業員に対する監督を尽くしていれば会社は責任を負わないという制度になっています。
もっとも、この免責制度は、過去の裁判例上認められることが難しいのが実態なので、現実に訴訟に発展した場合にどういう結論になるかは事案の蓄積に乏しい現時点ではなんとも言えません。
●業務で利用する「公共交通機関」と「電動キックボード」は何が違う?
──今回のケースのように、電動キックボードのレンタル代はどうでしょうか。
外回り営業活動において、社用車を利用しない、ということになれば、通常は、電車やバスなどの従来からある公共交通機関やタクシーなどの利用が前提となります。これも就業規則その他の規則類で、従業員が立て替えた経費の精算などが定められていることが多いでしょう。
仮にそのような規則がなくとも、労使慣行や労働関係法理、あるいは条理からして、立替経費の精算が認められることが大半でしょう。
電動キックボードについても、会社側から特に利用制限されていないようであれば、会社の経費として精算されるべきと判断される可能性はあるでしょう。
しかし、たとえば「営業活動においては公共交通機関(電車、バス又は状況によってはタクシー)を利用すること」と就業規則等で定められていたら、精算してもらえなくとも文句は言えないと思います。
──従来からある公共交通機関と電動キックボードは何が違うのでしょうか。
その車両が交通事故における加害車両となった場合において、従来からある公共交通機関の場合は企業が使用者として交通事故被害者に対して損害賠償責任を負うことはありませんが、電動キックボードではほとんどの場合においてその企業が使用者として損害賠償責任を負う、ということです。
これが根本的な相違です。ですからこのようなリスク管理やリスク低減、リスク回避のために、企業がレンタル電動キックボードの外回り利用を禁止する意義はあります。
──営業で電動キックボードを利用した際に従業員本人がケガをした場合はどうなりますか。会社が明確に禁止にしていたか否かで異なるのでしょうか。
外回り営業マンが移動中に交通事故に遭った場合は、ほとんどの場合は業務災害となり労災認定されるでしょう。
そして常とは限りませんが、会社側の日ごろの従業員への指導や管理の態様によっては、その被災労働者に対して、会社は安全配慮義務違反による損害賠償責任を負わされることがあります。
その場合、被災労働者の労災給付では填補されない損害分について、会社が損害賠償責任を負います。海外での分析によれば、電動キックボード利用中に負傷して重傷を負った方の率は、他の交通手段利用中に発生した事故被害者よりも高いとのデータもあるようです。
他方、会社が外回り営業において電動キックボードの利用を明確に禁止していた状況下において、電動キックボードを利用して交通事故や損害拡大が生じたと認められるならば、会社に安全配慮義務違反の責任を問うのは難しいと思います。
日本では、電動キックボード利用時のヘルメットの着用は任意義務や努力義務にとどまっており、違反しても罰則などのペナルティはありません。
さらに、交差点を渡る際に遵守すべき交通ルールを遵守しない方も一部にはおられるようです。電動キックボードの利用が都心部で急速に浸透していっている今日においてもなお、公道を電動キックボードが走行することに対して否定的な意見を持つ方はいます。
このような情勢下で、外回り営業中に電動キックボードで大事故を起こした事件が報道された場合は、その企業の社会的評価にも影響を与えることになりかねません。
利用の仕方によっては便利なものではあり、だからこそ急速に普及しているのでしょうけれども、会社の外回り営業に電動キックボードの利用を導入するか否かの判断にあたって、企業経営者としてはメリットとデメリットの両面について慎重に検討すべきでしょう。
【取材協力弁護士】
今井 俊裕(いまい・としひろ)弁護士
1999年弁護士登録。労働(使用者側)、会社法、不動産関連事件の取扱い多数。具体的かつ戦略的な方針提示がモットー。行政における、開発審査会の委員、感染症診査協議会の委員を歴任。
事務所名:今井法律事務所
事務所URL:http://www.imai-lawoffice.jp/index.html
配信: 弁護士ドットコム