「時間と気持ちに余裕がない時に」ーー上田淳子さんの「ポークソテー」と料理の心得

上田淳子さんの新刊『レシピ以前の料理の心得 日々の料理をもっとおいしく』(青幻舎)からポークソテーの作り方とコラムの一部を、アイスム読者のみなさまに特別にご紹介。「毎日できるだけおいしくて体にいいものを食べたい。でも、時間と気持ちになかなか余裕が持てない。」食事の準備担当であれば誰もが持つであろう毎日の悩みを、上田淳子さんが真正面から受け止め、具体的に解決策を答えてくれます。今日のごはん作りの気持ちが軽くなるコラムとレシピをぜひ!

ポークソテーは火入れ中にむやみに触らない

厚切りの豚肉を焼くだけなのに、立派なメインになるポークソテー。シンプルにそのままでも、マスタードや大根おろしを添えても、あるいはサラダをたっぷり合わせても、とソースやつけ合わせ次第でいろいろな味わいを楽しめるのも魅力。

簡単な料理なのですが、シンプルな分、焼き方を間違えるとパサパサになり、残念な一品……。でも大丈夫。いくつかのポイントを押さえれば、誰でもしっとりジューシーな焼き上がりが実現できますよ。

筋切りをすれば焼いている間に丸まらない

調理の前に、肉選びの話から。
「ポークソテー用」として売られているものは、基本的に「ロース」のこと。時折見かける肩ロースは濃厚、対してロースはあっさりジューシーな味わいです。

さて、パサつき防止のために大事なのが「筋切り」です。1センチおきくらいの位置に、肉の裏表からしっかり切り込みを入れます。
ロースの場合、肉と脂身の間に筋があります。指で触ってみて、脂よりも内側にある硬い層になった部分。筋は熱が加わると急激に縮み、肉が引っ張られてくるりと丸まってしまいます。そうなると、フライパンの面に肉があたらず、火通りに時間がかかります。そのうえ浮いている部分は、フライパンからのゆるい熱で蒸される状態になり、表面がカチッと焼き上がる前に肉汁が出てしまい、それがパサつきの原因になるんです。

ちなみに、肩ロースには肉の部分にも筋っぽい部分がまばらにありますが、ロースよりも細く、火が入っても丸まりにくいので、包丁の先でつつく程度で大丈夫です。

下味の塩の大切さ

続いて、肉に下味をつけます。「仕上げに(大根)おろし醬油やトマトソースなどをかけるし、下味はいらないよね」とは思わないでくださいね。この下味こそが何より大事。肉を嚙んだ時に「おいしい」と感じるのは、肉汁と一緒に塩味が感じられるからこそ。なので、かけるソースの塩分は少なめにし、肉自体にそこそこの塩味をつけること。しっかりつけるなら、塩は肉の重さの1パーセント弱が目安。塩分を含むソースをかける場合は、その半分ぐらいの塩加減を目安にしてください。

そして、しっとりポークソテーに重要なのは、塩をしたらすぐに焼くこと! 肩ロースに関しては、塩をすり込んで1日以上おいて塩豚にしてもおいしいですが、通常のロースは水分が多めなので、塩をしておいておくと水分が抜けてしまい、焼き上がりのパサつきの原因になってしまいます。

触らずに両面で5分

さあ、いよいよ焼きましょう。最も大事なのは、焼いている間は肉にむやみに触れないようにして、肉汁をなるべく外に出さないようにすることです。

フライパンに油をひき、強めの中火でフライパンがしっかり熱くなるまで待ちます。肉を入れたら触らず、2分ほどそのままに。裏返してさらに2〜3分。その間も決して動かさないこと。厚さ1センチ程度なら、両面4〜5分で焼き上がります。

厚めの肉なら、前半だけふたをしましょう。後半にふたをしてしまうと、せっかくの焼き目が蒸れてしまいます。

これらのポイントを押さえれば、簡単、なのにジューシーな味わいのポークソテーが完成です。

時間と気持ちに余裕がない時の3つの考え方

料理を楽に作りたい、食材を無駄にせず使いきりたい。毎日の食事作りを主に担当される方なら、誰しもが思っていることだと思います。

何種類もの材料を使い、スパイスや調味料を駆使し、時間と手をかけて作る料理のおいしさはもちろん歴然。ただ、忙しい毎日を送りながらそうした料理を作り続けられるかというと、そうもいきません。

そもそも、日々の料理は頑張る必要はなく、できるだけ材料も作業もミニマムで、心と体が整えばよし。気持ちがほっとする、つまり自分や家族が食べたいものを無理なく食卓に並べられたら、それで十分だと思うのです。

そのために、3つの考え方をお伝えしたいと思います。

1. 材料を減らす

これは単に少ない材料で作れる料理を考えるのではなく、普段作っている定番料理から、材料を極力減らしていくという方法です。まずは、連想ゲームのような要領で次のように考えていきます。

① 自分が今、何を食べたいかを思い浮かべる。
② 思い浮かべた料理の、どの部分を欲しているのか。つまりその料理で特に好きなところがどこかを考える。
③ ②を分析すると、食べたいと思う料理の工程や材料で、省ける部分が見えてくる。
④ その日に食べたい料理=通常のレシピ─省ける工程や材料=ミニマムなレシピ。

こうしてできた方程式に沿って、具体的に考えてみましょう。たとえばこんな感じです。

① 具だくさんの豚汁が食べたい。
② 豚汁といえば、豚バラ特有の脂の甘みや旨み、ゴボウの香りと歯応えが大事。これだけでもいいけど、さつまいもの甘みがあればなお嬉しい(ちなみにこれは、下処理もいらずボリュームが出るので、我が家では定番の組み合わせです)。
③ いつもの豚汁はにんじん、こんにゃく、大根、ねぎを入れるけど、今日はなくていいかな。
④ この日の豚汁は、豚バラ、ゴボウ、さつまいもの3つの具材だけ。

……こんな具合でしょうか。

ゴボウは火が通って食べやすければいいので面倒なささがきになどせず、斜め薄切りや薄い輪切りで十分。豚肉とゴボウをさっと炒めたところに、だし汁と、さつまいもを皮つきのまま食べやすく切って入れ、やわらかくなるまで煮たら味噌を溶かしてできあがり。お椀によそってねぎなどあればいいけど、七味だけでも。

たっぷり作って、翌朝も食べてもいいし、ご飯を入れておじや風、冷凍うどんを入れて味噌煮込み風、なんていうのもいいですよね。

こんなふうに、材料や手順を最低限にして料理をミニマムにすることは、決して手抜きではありません。それよりも、レシピにとらわれず、ふと立ち止まって自分が何を食べたいか、そんな気持ちに寄り添いながら料理をすることが大切なのです。あくまでもレシピは、料理をする人に伴走するものであり、わからなくなった時の参考文献として使ってほしい。

自分の「食べたい」を信じ、まずは材料を減らしてみて、無理なく料理をすることが、サステイナブル=日々料理を続けることに繫がるのではないかと思います。

フランス人が愛する春のホワイトアスパラ(書籍P.172)

2. 切らない料理

材料を切る作業は、どうしても手間を感じる部分であり、そもそも包丁使いが苦手で料理が億劫になるという人も結構多いようです。
それならば、いっそ切ることをやめてみましょう。要するに、最初から切らずに調理できる食材に目を向ければいいのです。

その方法は大きく二つ。まずは、一口で食べられる大きさの食材を選ぶこと。豚や牛肉ならひき肉やこま切れ肉、鶏肉ならから揚げ用にカットされたものや、手羽先、手羽元、もちろんひき肉も同様です。調理しながらヘラで潰せる豆腐やゆで大豆、卵も便利ですね。魚の切り身なんてまさに、ご丁寧に1人前に切れている優秀な食材です。

野菜なら、もやし、ミニトマト、スナップエンドウ、キノコなどなど。キャベツやレタスといった葉物は手でちぎれますし、それすらも面倒というときにはベビーリーフや、最近は冷凍野菜だって充実していますね。

そうした素材で作れるお手軽料理はというと、豚こまとキャベツの蒸し煮、もやしとひき肉の炒めもの、白身魚の切り身とミニトマトでアクアパッツァ、キノコと鮭の炊き込みご飯、スナップエンドウとホタテの中華炒め……といったところでしょうか。

火口一つ、道具一つがあれば、すぐにできあがる。忙しくて料理に時間をかけられない、あまり料理のことを考えたくない、なんて人におすすめしたい調理法です。

そして二つめは、かたまりのまま調理すること。見習うのは欧米です。日本人は箸で食べることを考え、食べやすく切って調理しますが、食卓でフォークとナイフを使いながら食べる欧米では、調理に際しては食材を小さく切ることはせず、大きいまま加熱します。

代表例はかたまりのままオーブンで焼くローストポーク。あるいは、ポトフのように野菜を大ぶりのまま煮る方がおいしく仕上がる料理も豊富です。時にはスペアリブをトマト缶と、あるいは骨つき鶏を豆と煮たり……。時間はかかりますが、煮るだけなので火口を見張っていることもなく、作業自体はとても簡単。

特に冬は鍋でコトコト煮てそのままテーブルにどん、と出せば、そのボリュームに歓喜の声が上がるはず。その場で取り分けたら、各々で食べやすく切ればいいのです。

包丁を使いこなせるに越したことはありませんが、今は便利な世の中であり、ピーラーやスライサーだってあります。冷凍野菜だって豊富に揃います。

便利な道具や材料を使いつつ、スムーズに負担なく料理を進められることが、料理が楽しくなるための第一歩なのだと思います。

グリーンピースを鍋いっぱい煮る(書籍P.167)

3. 一皿完結ごはん

日本では、一汁三菜といった言葉があるように、品数を多く用意された状態がバランスのよい豊かな食卓とされてきました。でも、今の忙しい世の中、そういうわけにもいかないですね。一皿で完結させたい、そう思うことは私自身しばしばあります。

海外に目を向けてみると、一皿完結で晩ごはんを終えている国は少なくありません。私がかつて暮らしたフランスがまさにそうでした。旬の食材は、そのものをシンプルにたっぷり食べるというスタイル。本書で紹介しているグリーンピースやアスパラガスなどがまさにそう。日本の場合、たとえば冬なら大根の煮物を1切れ、ほうれん草のごま和えも少々、そして白菜の漬物も忘れずに……なんて数品並ぶスタイルが理想とされてきましたが、フランスの場合はほうれん草ならソテーして使い切り、肉に添える、翌日はブロッコリーをバターで蒸し煮にして魚に添える、そのまた翌日はたっぷりのかぶと鶏肉をクリーム煮に……とこんな具合です。

私たちもこんなふうに気持ちをおおらかに、一皿で食事を整える、そんなスタイルを取り入れてもいいと思います。そんな一皿完結ごはんを取り入れるにあたり、大事なことをお伝えします。

まずは栄養バランス、それも朝昼晩を通して考えるということ。1食ごとに摂取すべき栄養素はタンパク源となる肉や野菜を80〜100グラム程度、ビタミン、ミネラル、食物繊維などを含む野菜が120グラム以上、炭水化物は茶碗1杯程度とされています。毎食これを守るのが理想ですが、朝は忙しいからパンだけ、昼はささっと麺類だけ、と栄養バランスが偏るのが現状かもしれません。それを夜にカバーすべく品数を考えるよりは、朝昼でできるだけ底上げすることの方が、品数を考えることよりもずっと大事だと私は思います。

朝はパンにチーズ、野菜ジュースを加え、昼の麺類には卵や青菜をプラスする、そんな少しの心がけで夜に重きをおく必要はなくなります。

もう一つは、満足感。一皿だけでは物足りない、もっといろんな味を楽しみたい。そんな時に便利なのが、食卓での味変です。料理は薄めの味つけに仕上げ、食卓で食べ進めながら醬油を加えたり、少しレモンを絞って酸味を加えてみたり。アクセントとしてマスタードや七味、ゆずこしょうなどを足しても。ねぎや大葉などの薬味、ハーブやスパイス、時には粉チーズや刻みナッツ、黒こしょうなどで歯応えやコクを加えても楽しい。

シンプルな一皿料理もこんなふうにすれば食べ飽きず、また、それぞれでカスタマイズして食べるので、食卓に集まる人の好みの違いも問題ありません。

それでもやっぱり物足りない、という場合は、料理の品数を増やすのではなく食後の一品を用意してはどうでしょう。あらかた食卓を片づけたら、フルーツや甘いもの、あるいはチーズやお漬物など。食後のお茶やお酒と併せてゆっくりいただけば、一日のスピードを緩めるひと息になるのではないでしょうか。

忙しい毎日だからこそ、ストレスなく、おいしく食べる。定型にこだわらず、自分自身の「心地いい」と「ちょうどいい」を探していくことが、何より大事なのだと思います。

書籍情報

『レシピ以前の料理の心得 日々の料理をもっとおいしく』(青幻舎)
2024年10月10日発売
定価:1,980円(本体1,800円)
詳しくはこちら

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配信元

アイスム
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がんばる日も、がんばらない日も、あなたらしく。「食」を楽しみ、笑顔を届けるメディア、アイスムです。 食を準備する人の気持ちが少しでも軽く、楽しくなるように。 おうちごはんのレシピや食にまつわるコラム、インタビューなどを通じて新しい食シーンを提案します。
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