市営住宅の9階ベランダから、敷地内で遊んでいた小学生に野球ボール(軟式球)を投げ落としたとして、80代の男性が10月上旬、殺人未遂の疑いで大阪府警に緊急逮捕された。
ケガ人はいなかったという。ネット上では、9階という高さであったとしても、軟式球を投げて殺人未遂罪で逮捕されることがあるのか、という驚きの声もある。なぜ、緊急逮捕されたのだろうか。
●「殺すつもりなかった」と供述→「暴行罪でいくべきでは」
報道によると、男性は10月9日午後5時10分ごろ、市営住宅9階の自室ベランダから敷地内にいた小学生7人に2つの軟式球を投げ落とした疑い。小学生らにケガはなかったという。
MBSによると、落ちてきた2つのボールに気づいた小学生の父親が通報し、駆けつけた警察が部屋にいた男性を逮捕した。時事通信によると、男性の部屋から硬式球も見つかったという。
ABCテレビなどによると、警察の調べに男性は「子どもたちにボールをあげるために子どもがいないところに落とした。殺すつもりはなかった」と供述しているといい、投げたことは認めたが、容疑を否認しているそうだ。
一連の報道を受けて、SNS上には疑問の声も相次いだ。軟式球を9階から落として殺人未遂が適用されるのかという意見だ。
「もちろん痛いが、これで人が死ぬことはないと思う。被疑者を擁護する気は全くないが、暴行罪でいくべき案件では。殺人未遂には疑問」
「軟式で殺人未遂は野球やったことないんか」
朝日新聞によると、殺人未遂の適用について、警察は「当たりどころによっては男児が亡くなる危険性があったと判断」しているようだ。
今回の事件で、殺人未遂が適用されて緊急逮捕に至ったのは、どのような理由が考えられるのだろうか。刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
●暴行罪は「緊急逮捕」できない
まず、今回の事件では、暴行罪が成立することは明らかです(刑法208条)。暴行は人の身体に対する不法な「有形力の行使」のことをいい、必ずしも身体に接触する必要はなく、ボールが命中しなくても暴行罪にあたります。今回の事件では、下にいる子どもに向けてボールを投げていることから、命中しなくても暴行罪が成立します。
ただし、暴行罪では緊急逮捕をすることができません。緊急逮捕が認められるためには長期3年以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪に該当する必要がありますが(刑事訴訟法210条)、暴行罪はこれにあたりません。したがって、暴行罪では緊急逮捕することはできないということになります。
ちなみに傷害罪(刑法204条)は、傷害の結果が発生しないと成立しませんし、未遂犯を処罰する規定もありません。そのため、今回の事件では、未遂も含めて傷害罪は成立しません。
次に殺人未遂罪(刑法199条、203条)の成否ですが、殺人罪の実行行為が認められるためには被害者の死の結果を惹起させうる「現実的危険性のある行為」でなければなりません。
この点、軟式ボールであっても、9階から地上に向けて投げた場合、地上付近での速度は時速80キロにも及ぶ可能性もあると言われています(ただし、空気抵抗などは考慮していないため、実際のスピードはもっと遅くなる可能性があります)。その場合、子どもの頭に当たったりすると死亡の結果が生じる可能性もないとはいえないと思われます。
したがって、殺人未遂罪が成立する可能性は否定できないと思われます。
配信: 弁護士ドットコム