“中年おじさんが美味しいもの食べるだけ”のドラマがなぜ面白いのか。61歳俳優、最大のヒット作のワケ

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ドラマファンと映画ファン、それぞれの松重豊


 でも改めて考えると、松重豊という名優が、ほんわか系ご飯ドラマでヒットするというのは興味深いことではないか。テレビドラマファンと映画ファン、それぞれにとっての松重豊の印象があまりに異なるからだ。

 ドラマファンなら、五郎イズムの独り相撲的語りを一番の魅力だと感じるが、映画ファンにとっての松重豊は、それこそダイレクトに相撲取り役を演じた『地獄の警備員』(1992年)のイメージが強烈なのだ。

 正確には元相撲取りであり、現役引退後の姿は、警備員になりオフィスで社員たちに次々襲いかかる、恐るべき殺人マシーン・富士丸役。『地獄の警備員』は松重にとって映画デビュー作でもある。監督は黒沢清。熱心な黒沢映画ファンなら、同作をベストにあげる人も多いかもしれない。

 筆者もまたそのひとりで、松重豊といえばやっぱりこの作品だ。黒沢監督の大学の後輩である青山真治監督の『EUREKA』(2001年)では、役所広司扮する元バス運転手を殺人事件の犯人だと疑う刑事役を演じ、前髪がちょっとたれた薄気味悪い感じの松重のイメージも強い。

 いずれも『孤独のグルメ』とはあまりに毛色が違い過ぎる。ただ唯一共通点を見いだすなら、画面上に浮き上がる長身のたたずまいくらいだろうか。五郎が「腹が減った」とつぶやくとき、ポンポンポンという効果音とともカメラが引いて、引きの画面上に長身の松重がぽつんとひとりたたずむ。この超引きの絵がすぐあとに続く食事場面へとゆるく引き締めてくれるのだ。

焼き鳥が初出かと思いきや


 ところで、『孤独のグルメ』で初めて画面に写った食べ物を記憶している視聴者はどのくらいいるだろう? Season1の第1話タイトルは「江東区門前仲町のやきとりと焼きめし」とある。ということは、焼き鳥が初出かと思いきや、これが違うのだ。

 あくまでドラマ形式である本作では、まず得意先との商談場面から始まるのが基本。商談を済ませて、さぁて腹ごしらえだと思い立ってその街のちょっとした穴場的なご飯屋を探すという筋。

 第1話の記念すべき舞台は門前仲町。五郎は学生以来だとモノローグで説明する。商談場所である喫茶店に入る直前、五郎は路地で落としたみかんを拾い集めるおばあさんと遭遇する。すかさず拾う作業を手伝って、お礼にひとつもらう。このみかんが初めて接した食べ物だった。

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