「羊水検査で障害児だとわかって中絶した」と話す友人に怒りが湧いてしまったワケ/2024年9月トップ5

「羊水検査で障害児だとわかって中絶した」と話す友人に怒りが湧いてしまったワケ/2024年9月トップ5

障害者を差別していたのは


 私はそのお坊ちゃんが汚い上履きで聾の友人の頭を埃まみれにする有様を見て、なんとおぞましい光景だと憤慨し、私の毎週洗濯している美しい上履きのままお坊ちゃんの横っ面にドロップキックを思い切り喰らわせた。

 お坊ちゃんは怒り、ご両親と共に我が家に抗議に来たが、母は形式的な謝罪だけして私をさほど叱らなかった。私は教師たちに何故蹴ったのか問われても友人の誇りを守ろうと口を割らず、小学生なのに2日間の停学になった。私はそれでも自分が正しいことをしたと思った。ずっと、私は正しいことをしたのだと思っていたのだ。

 でも違った。私が障害者を差別していたのだ。私は聾の友人を弱者だと決めつけていた。お坊ちゃんを強者だとも。そしてその中間に自分を位置付け、より弱い者のために振るう弱者の強者への暴力を正当化した。

 聾の友人の家へ遊びに行くときに、特権的なあわれみを全く感じていなかったかといえば嘘になる。私はその友人が聾だったからこそ我こそはと仲良くしたのだ。そこに強者の優越がなかったとは言わない。私は欺瞞に満ちた優しさで障害者への差別を行ってきたのではないだろうか。そうでなければ、Uに瞬間とはいえあの醜い思いを抱くわけがない。

 Uの凡庸さは彼女が勝ち取ったものだった。彼女は女子大に入ってすぐ、私にこう言ったことがある。「女ってさ、パワーゲーマーじゃん。会った瞬間に勝ち負け決めて、それで付き合うんだよ」。私は然もありなんと、彼女の言語センスに頷くだけでそれが実際どういうものなのかあまり考えず「そうだね。そういうパワーの序列って下卑ているというか、ダサいよね」と彼女に同意を求めた。

 すると彼女は、「そうかな。負けてる方がよっぽどダサいと思うけど」と言ったのだ。その返答通り、彼女は日々晒されるパワーゲームに負けるまいと自らをカスタムし続けた。思えば幼少期からUは負けん気の強い子だった。

 だが賢さ故、明らかな勝ちを周囲に示すことはなかった。彼女は多くの女性たちの中で共有される価値観の中で、負けないが勝たないという一番聡い序列に自分を置いていた。

彼女を引き摺り下ろしたかった


 才気煥発(かんぱつ)とはこのことと私が舌を巻いていた彼女のユーモアは、大人になるに従って人を見下すジョークとなっていった。そのことを私は嫌がったけれど、私の欺瞞に満ちた優しさよりもそれはずっと場を盛り上げた。

 私は彼女やその周囲が共有する序列の最下層で、よく嘲りの対象となった。だが率先してピエロを引き受けた。それが進んで出来る自分は例外だという特権意識さえあった。

 しかし、本当はその扱いを密かに憤っていたのだ。自身を例外だと思い込むことで序列の構造を無傷のまま再生産していたのは他ならぬ私だった。そのため、高みの見物を決め込む彼女を引き摺り下ろそうと、あの醜い思いが湧いたのだ。つまり、私もまた、その序列を共有する一員だったのである。

 その会の間中、私は自らの差別意識と対峙するのに必死で、何を話したかも覚えておらず、見栄えの良い食事をひたすら頬張っていた。下手なことを喋らぬよう次々に食べ物を放り込み、胃がだるくなることで心の重だるさを誤魔化した。

 Uは、「つらいことがあったけど逆に夫婦の絆が深まったって感じ!」とか「今日はみんなに力もらっちゃった!」とか、どこかで聞いたような文句を溌剌と繰り返していた。

 寂しかった。あんなにも焦がれたUの言葉が彼女の社会的地位などとトレードオフになっているのを聞くのは寂しかったが、未熟な私のセンチメンタリズムよりも、Uの勝ち組女性としての強気で凡庸な生き方は分かりやすく確固たるものだった。

 誰だって、私よりUになりたいだろう。それぐらい、彼女は自分がどう在れば幸福なのかを知っていたし、それを努力によって着実に手に入れていた。そして、その幸福を邪魔するものは排除した。それだけなのである。

 帰り道、Uと二人きりになって私はようやく「大変だったね」とねぎらいの言葉をかけた。Uは「だってさ~あのとき産んじゃったら赤ん坊のどっかに欠損があるかもしんないって言われたんだよ。そんなん、うちの旦那さんも可哀想じゃない?」と私がUの決断を快く思っていないことを踏まえ伴侶のためとしてくれた。

 そして明日は保育園の説明会なんだ、と言って電車を降りた。私は座席に座り直し、夫に帰宅の連絡と明日のスケジュール確認のメールを入れた。私たち夫婦も明日は説明会。脚に障害を持つ夫の片脚切断手術について、一緒に病院に聞きに行く予定だったから。

<文/石田月美 構成/女子SPA!編集部>

【石田月美】
1983年生まれ、東京育ち。高校を中退して家出少女として暮らし、高卒認定資格を得て大学に入学するも、中退。2014年から「婚活道場!」という婚活セミナーを立ち上げ、精神科のデイケア施設でも講師を務めた。2020年、自身の婚活体験とhow toを綴った『ウツ婚!!死にたい私が生き延びるための婚活』で文筆デビュー、2023年に漫画化された

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