「大人な酒の飲み方」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、僕の場合、バーで飲む行為でしょうか。
銀座かなんかの老舗バーの重い扉を開け、1人で店内に入ってゆく。薄暗い店内のカウンターに着き、バーテンさんから「何にいたしますか?」と聞かれ…え、え~と、ここでスッとその日の気分に合うカクテルを注文できたらどんなにかっこいいことか。
けれども自分、酒場ライターなんて名乗っておきながらお恥ずかしい限りなんですが、カクテルの知識がまったくないんですよ。マ、マティーニ?ママ、マンハッタン?いや、モスコミュール?どれも聞いたことはあるんだけど、どれがどれだっけ?あ、そういえば、バーで1杯目に頼む定番は「ジントニック」だって聞いたことがある気がするぞ。頼んでみるか?
でもなぁ、具体的にどこがかはわからないけど、何かが間違ってたら恥ずかしいしなぁ。いっそ「僕のイメージで1杯作ってください」?いやいやいや! それがいちばんナシでしょう、どう考えても。あ~、実際にバーにいるわけでもないのに、想像しただけで緊張する!
もしくはあれですよ。しかるべきフレンチレストランに、しかるべき女性などと訪れる際の「ホストテイスティング」という行為。
注文したワインをソムリエさんがグラスに少量注ぎ、渡してくる。震える手で受け取り、まずは色を見て、次に香りを確認し、くいっと飲んで…そこで何て言えばいいんだ?「OK」? でもここ日本だしな。「大丈夫です」だと、スーパーで袋がいるかどうか聞かれた時みたいでマヌケだし、かといって「いいですね」ってのもなぁ。ソムリエさん、絶対心の中で「お前、わかってねぇだろ」って言ってるもん。「う~ん、まぁいいでしょう」なんてもってのほかだし。
結局この場合、何が正解なんですかね? ま、僕の人生には前にも後にも、そういう場面はやって来なさそうな気もしますので、深く考える必要もないか。
そこへいくと、日本酒はもう少しだけハードルが低い気がします。
断っておくと、全然わからないんですよ、日本酒も。けれども、僕が普段よく行くような大衆酒場より高級な、いわゆる「銘酒酒場」という店に行ったって、たいていはメニューがちゃんとあって、産地や値段が書いてあるじゃないですか。どれを頼んだって間違いということはない。加えて「へぇ、〇〇がある。僕、この酒が好きなんですよねぇ」というような感じの表情を作り、あえて店員さんに見えるようにしつつ注文すれば、「できるな」と思ってもらえそう。
とはいえまぁ、飲んだ酒の味がわからない程度には緊張し、疲れそうではありますけどね。
そこへいくとですね、やっぱり自分の身の丈にあっているのは、大衆酒場ということになります。当然、こだわりの日本酒メニューがあるような店もあるでしょう。けれども僕の場合、そこからどれかを選ぶというだけでもちょっとした背伸び行為にあたる。なのでむしろ、ビール、ホッピー、サワーなんかと一緒に並んでいる「酒」という、銘柄すらもわからないメニュー。選択肢は、1合か2合か、冷か燗かのみ。あれがいちばん落ち着くわけです。
カウンターの隅で肉豆腐などつつきながら、1杯目のビールが空いたタイミングで店員さんに「お酒を1合、お燗でお願いします」なんて伝え、やってきたそれをちびちびと飲む。細かいことはわからないけれども、うまい。そして、そんな行為でも十分、「俺、大人になったなぁ…」と感じられるんだから、本当に安上がりな男なんですよね。
さて次回のテーマ。ジャンルは問わないので「高級飲食店」でどうでしょう?
パリッコ:酒場ライター。著書に「酒場っ子」「天国酒場」など多数。スズキナオ氏との酒飲みユニット「酒の穴」としても活動している。「缶チューハイとベビーカー」が絶賛発売中!
配信: アサジョ
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