●うつ病はOK、リストカットはNG
「医療職や教職は、権威性のある職業です。“先生”と呼ばれるように、他の職種とは区別され特別視される。資格を持っていて高い技術力があることに加え、精神的にタフで安定していることが求められます。傷跡の存在は、その精神性に疑義を生じさせてしまうようなのです。自傷痕がある、とわかると、その人は精神的に弱くて劣っていると周囲から見なされる。その人の資質や対人能力とは別に、見た目で判断されてしまう」
昨今は、企業のコンプライアンス意識の高まりもあり、見た目でその人を判断したり精神疾患などの有無で差別的に扱うことを、社会の側が是としない風潮になってきた。しかし、傷跡がある人はその社会的倫理の庇護を受けられない。傷跡を理由にメンヘラだから、と敬遠したり、職場の評価を変えることはまだやむなしとされたままだ。
「実際に、不利益を被っている人もいます。傷跡が職場の上司にバレて、査定や評価に影響したという報告は少なくありません。やけどの痕が元で降格させたとなれば大問題になりますが、リストカットの痕があるから役職につけるのはちょっと、という判断はまかり通ってしまう。
今はうつ病などの精神疾患を抱えながら働いている人も多くいますし、障害や疾病を理由に差別することは法的に禁止されています。しかし、リストカットはそれらの正当な権利から締め出されてしまう」
村松氏は、書籍『自分を傷つけることで生きてきた』(KADOKAWA)で、傷跡に悩む人たちを取り上げ、実際の体験談も多数収録している。
塾講師をしていたある患者さんはこう証言する。
「私は10代の頃から自傷行為をしていました。ずっと誰にも言えず苦しんできたから、自分は、そうして苦しんでいる子どもの存在に気づけると思った。だから、子どもに直に寄り添える小学生を対象にした塾講師の職に就いたのですが、ある時、塾長から呼び出されて『リストカットの痕がありますよね』って指摘されました。
事実を認めた上で、だからこそ私は悩んでいる子どもの助けになれる、勉強の仕方だけじゃなく気持ちの面でもサポートできると伝えましたが、『精神的に安定しない人は講師として不適格』とされ、退職を迫られました」
ほかにも、好きな仕事が見つかっても、傷跡が発覚することを恐れてやめざるを得なくなった人もいる。アルバイトや就労先が限られてしまうことで、患者さんはしばしば金銭的な問題に直面したり、人間関係の距離感を掴めずに孤立に陥る。
多様性を認め、誰しもが自分らしく働ける社会へ。そんなスローガンを現実のものにするべく、制服自由化の観点から考えてみるのはどうだろうか。もちろん、社会や企業の側に高い人権意識を求めたいところだが、制服の撤廃や多様化によって、見た目で差別しにくい環境を整えていくことはできるだろう。その議論を進めることで救われる人と、その人たちに救われる人たちは、日本にまだまだいる。
配信: 弁護士ドットコム