「自傷行為で悩んでいる大人の患者さんが増えている」との声が寄せられている。東京・豊洲で自傷痕の治療を行う形成外科医・村松英之氏はこう話す。
「自傷行為をしながら子育てや仕事をこなしている患者さんからの相談が増えています。精神科や地域の精神福祉保険センターに頼ることができず、遠方からうちにはるばる来た方も。地元でも自傷行為を診てくれる病院に行きたいので紹介してほしいと言われるのですが、これといった医療機関がありません」と、その苦悩を漏らす。
大人の自傷問題に形成外科医として向き合う村松氏に話を聞き、「精神科」の外側で起きている「透明化される大人の自傷」に焦点を当て、これからの女性支援のあり方の手がかりを探る。(取材・文:遠山怜)
●高校生の約1割に自傷経験あり
「そうはいっても、自傷行為している人なんてそんなにいないのでは?」と、思ったかもしれない。
その一般的な理解とは裏腹に、2005年に実施された日本の高校生を対象にした調査では、約10人に1人が皮膚を切る、コンパスで刺す、壁を殴る、ぶつける、根性焼きをするなどの自傷行為をした経験があると判明。また、コロナ禍の2020年に公表された国立成育医療研究センターの報告書では、小学校高学年のうち約17%の生徒に自傷経験が認められた。
さらに近年、かぜ薬や咳止め剤に微量に含まれる精神賦活(ふかつ)・鎮静効果のある成分を求めて、市販薬を乱用する若年層が急増。これまでの薬物乱用患者像とは異なる、高等教育を受け非行歴のない若年女性を中心に薬物乱用が起きていることに、精神科医などの専門家は警鐘を鳴らしている。
自分を傷つける行為は、もはや「稀なこと」として看過すべき事象ではなく、「必ず一定数はいる」前提に立って、医療・行政・教育・福祉等の体制を見直す時期に来ていると言える。
●「大人の自傷」受け止める場所はいまだ少なく
そうした事情もあってか、村松氏が院長を務める「きずときずあとのクリニック」には、開院してからすぐ、主に切り傷による自傷痕の相談が数多く寄せられるようになったという。開業から3年間で自傷痕の治療数は約1000件を超え、来院する患者は主に20代〜40代の女性だ。
「当院の場合、すでに自傷行為がおさまっている患者さんがほとんどです。しかし、自傷痕があることで今もなお、人間関係に深いトラブルを抱え悩まされ続けている。中には、大人になってから自傷行為を始めた人もいますし、10代から自傷行為を続けたまま、子育てや仕事に励んでいる人もいます」
彼らが精神科やカウンセリング施設ではなく、形成外科を受診する理由はなにか。それはほかの医療機関・相談機関では、「大人の自傷行為の悩み」に対応する受け皿がないからだ。 同氏の著書『自分を傷つけることで生きてきた』(KADOKAWA)では、患者さんに直にインタビューを行い、彼らが直面している現実の一端を露わにしている。
例えば、40代のある患者さんは、年齢を理由に医療機関でも自傷行為を相談できないと語る。
「やっぱり、自傷行為って若い人がするものって思われているから、この歳にもなってやめられないのが恥ずかしい。こんな年で何やってるのって思われるのが怖くて、病院でも相談できない」
また、ある患者さんは自傷行為が発覚した場合、治療を中止することに同意する誓約書を書かされたという。
「診察時に、自傷行為をしている人はうちでは診ないと書かれた誓約書にサインさせられました。その病院では自傷行為について相談するつもりはなかったんですけど、ここでも自傷行為しているって隠さなきゃいけないんだって思いました。だから、通っている病院には言ってません」
医療機関で自傷行為がタブー視される理由を、村松氏はこう考える。
「医療従事者は患者さんの心身の状態をより良いものにすることを使命としています。だからこそ、自分を意図的に傷つける行為を不可解に感じ、忌避的な対応をしてしまうのかもしれません」
「以前は、病院案内にリストカット患者さんお断りと掲げる精神科も少なくなかったようです。今はもう少し改善していると聞きますが、それでも気軽に相談できる場所は少ない。患者さんがうちに来て治療に前向きになり、自傷行為に否定的ではない病院や相談機関を紹介してくれとよく言われるのですが、ここに行ってみたらいいよと紹介できる先がない。医師として歯痒く思います」
配信: 弁護士ドットコム