●「誰にも相談できない」
「なぜ自傷行為を必要とするのか?」。その疑問を、取材を通じてあらためて当事者に聞いた。
苦しい胸の内を打ち明けてくれた当事者の声から浮かび上がってきたのは、怒りやイライラ、悲しみやうつ気分など不快な感情をやり過ごすために、自傷行為を行っているという事実だった。痛みが持つ強烈なインパクトによって、心の痛みや苦しみから注意をそらし現実に適応しようとする姿が見えてきた。
自分を痛めつけることで感情を押さえつけ、自己解決を試みる——。
彼らがこうした孤独な自己解決を選ぶのには、理由がある。人に裏切られたり傷つけられた経験をしてきて、他人に安心感を抱き関係性の中でくつろぐことができないのだ。そのため、精神科を含めた医療機関にかかること自体に拒否感を示す人も多い。
または、病院に通院していても、自傷行為を打ち明けたことがないという人もいる。病院にも頼れないまま、社会生活を生き抜く彼らは自傷行為からの脱出口が掴めずにいる。
20年近く自傷行為をしてきた患者さんはこう話す。
「つらいことがあった時はいつも自傷行為でやり過ごしてきました。仕事が激務でストレスフルだった時もこれで乗り切ってきた。でも、パートナーからは自傷行為なんてやめろって言われてて。でも、自分にはこれしか救いがない。私が生きるにはこれしかないんです」
また、暴力被害を受ける中で自傷行為が再燃した人もいる。
「交際相手から精神的DVを受けていて、私が何を言っても聞いてくれないし否定されて決めつけられてました。『そんなことで傷つくなんてお前はおかしい』『これぐらいは普通だ』と言って、私の苦しみや感情は徹底的に無視される」
「腕を切って流れる血を見た時、ホッとしたのを覚えています。今まで自分の感覚を否定されてきたから、傷を目にすることで、こんなに自分は傷ついているんだ、傷ついたと思っていいんだって、安心したんだと思います。心の痛みと体の痛みが一致することが、唯一の救いだったんです」
●いじめの後遺症、母になった今でも
村松氏によると、治療を希望する患者さんの多くは、自傷痕があることで家族や子どもに迷惑をかけることを恐れて受診するという。
自分の傷がもとで、子どもがいじめられたり家族が後ろ指刺されるのではないか。自傷行為をしなければ生きてこれなかったという事実と、それが理由で家族を苦しめるかもしれないという恐れが、彼らを治療に向かわせる。また、自分の子どもへの説明に迷う人も多い。ただの怪我ではないことが、いずれわかってしまうからだ。
ことし5歳になる娘を持つある患者さんはその苦悩をこう話す。
「正直、子どもがいる今でも切りたい衝動に襲われることはあります。でも、娘には説明できないことはしたくないから」
自傷行為は、中学生の頃に家庭内不和と学校でのいじめに耐えるために始めた。家でも学校でも強いられる極度の緊張とストレスを解消するには、それしか方法がなかった。その後、苦しかった実家を飛び出し、数年前には結婚し子どもにも恵まれた。今でも切りたい衝動にかられることはあるが、配偶者には言えないという。
「旦那は、私が自傷行為をしていたことは知っているけれど、今はやってないしやらないと思ってる。夫婦の間ではそれはもう過去のことになっています」
そんな彼女の悩みの種は、大事なひとり娘の存在だった。母親の腕の傷に気づくようになった。「お風呂に入るとき、私の腕の傷を見て『これどうしたの?猫にやられたんでしょー』って私の腕にじゃれてきたりして。そうだよ、昔、猫にやられたんだって言うしかなかったです」
一時期は手術で傷跡を消すことも検討していたが、費用の面から諦めざるを得ない。すくすくと大きくなる娘さんが、傷跡の意味に気がついたらなんと言おうか。
「本当は、隠さずに、気持ちの整理ができなくてしたんだって言いたいです。自分が頑張って、頑張って、生きるためにしたんだよって」
自傷行為をしている人が身近にいるかもしれない。そして今も自分から助けを求められないとしたら。見えざる苦悩と声にならないSOSに気づくことができるか。困難を抱える女性の支援は今、まさに始まったばかりだ。
配信: 弁護士ドットコム