【おむすび】あまちゃん、おかえりモネ...過去の朝ドラもやっていない「震災のリアルを正面から描く」意義

【おむすび】あまちゃん、おかえりモネ...過去の朝ドラもやっていない「震災のリアルを正面から描く」意義

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「震災のリアルを正面から描く意義」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

橋本環奈主演の朝ドラ『おむすび』5週目「あの日のこと」が放送された。

ここまで普通の日常をゆっくりじっくり描き、視聴者も根気よく観続けたからこそ、ここでの震災の回想が心に沁みる週だ。それは、結(橋本)がよく寂しそうな顔をしているのはなぜかという翔也(佐野勇斗)の問いに答える形で描かれる。

1995年1月17日、結たちは阪神・淡路大震災に遭遇する。ろうそくの灯だけの寒く薄暗い避難所で配られたのは、「2人につき1つずつ」のおむすびだった。無邪気に喜んだ結は、一口食べて、またも無邪気に言う。

「おばちゃん、これ冷たい。ねえ、チンして」

差し入れてくれた雅美(安藤千代子)は電気もガスも止まっていて温められないこと、街も道路もめちゃくちゃでここに来るのに時間がかかって冷めてしまったことを話し、涙ぐむ。あたたかなイメージを抱いていたタイトル『おむすび』には、結が栄養失調で体調不良だったハギャレン・すずりん(岡本夏美)にあげたものや、ハギャレンに祖母・佳代(宮崎美子)があげたもの、さらにこんな悲しい意味も込められていたとは。

今の結を知ると、6歳当時は見ず知らずの他人に対して遠慮なくおむすびが冷たい、チンしてと躊躇なく言う子だったことに驚く。避難所にかけつけた祖父・永吉(松平健)のことも、本人の前で「覚えてない」と言い、佳代に食事を勧められても「食べりって何?」「(歩が食べないなら)結が『食べり』する」と言う、無邪気で無遠慮で子どもらしい子だったのだ。今の結を形成した大きな要素として震災が深く根を張っていることを知ると、胸が痛む。

結以上に変化したのは、歩(高松咲希/仲里依紗)だった。自宅が倒壊し、さらに親友・真紀(大島美優)が倒れてきた家具の下敷きになって亡くなった。歩は自室にこもり、真紀にもらった安室奈美恵のCDを聴きながら2人の思い出の写真をながめる。写真の2人は、ハギャレンのポーズをしていた。歩が、自分はもともとギャルではなかったと語る意味が見えてくる。

糸島に移り住んでからも、歩は中学校にはほとんど行けず、CDやファッション誌など真紀の好きだった世界に閉じこもるように自室で過ごす。そんな歩が高校に進学したいと言うが、入学式当日、ルーズソックスと金髪、ミニスカート、ネイルのギャル姿に変身。教師にも父・聖人(北村有起哉)にも怒られ、警察沙汰にもなる。

聖人が「ギャル」を毛嫌いする理由も、結に対して過干渉である理由も、歩の「不良」化を止められなかった後悔からだった。しかし、糸島フェスティバルの打ち上げが米田家で行われる中、聖人は結がギャルたちとどこで知り合ったのか問い質す。愛子(麻生久美子)は助け舟を出すが、酔っぱらった聖人は、苦しむ歩のために自分が何をしてあげたら良いかわからず、「ウザイ」と言われても必死で、結にも同じことをやってきたが、結局、結も同じようになってしまい、父親として情けないと泣くのだった。

不器用さと真面目さ、ズレ具合で小さな笑いをとりつつ、涙の大演説からの即寝落ちの北村有起哉の熱演ぶり。もう一人のヒロインと言われるのも頷ける。しかし、この父の思いを受け止めた結はギャルをやめるとハギャレンの面々に伝えるのだった。

ところで、今週の震災描写については、SNSで様々な声があがった。

そもそもおむすびは遠足などで冷たい状態で食べる機会も多いだろうというツッコミが1つ。しかし、この「冷たい」のニュアンスは通常の冷めたおむすびレベルではなく、1月に電気もガスもない冷えた避難所で過ごし、体の冷え切った人たちにとって、実際に時間をかけてようやく届いたおむすびがカチカチで食べられるものじゃなかったことが、被災当事者たちによってSNSで語られていた。

また、家具転倒防止器具が取り付けられるのが当たり前になったのも、阪神淡路大震災からだったこと。こうした情報共有は、幾度も繰り返される震災により、311などと混同している人が多いこと、あるいは当たり前になっていて忘れていることが多数あることを改めて思い出させてくれる。

前もって震災描写があると予告し、被災者の心の傷に細心の注意を払いつつ、『あまちゃん』も『おかえりモネ』も『舞いあがれ!』もやっていない震災のリアルを正面から描いた意義は大きい。丁寧な取材と注意深く繊細な描写により、被災当事者たちが「あの日のこと」に向き合い、語る機会をこの作品が生み出したのだ。

そして、避難所に「紙おむつと粉ミルクが足りていない」状況を聖人が呟いたこと、被災地を離れ、糸島に行くことを拒否する聖人に、役所の人間が「帰れる場所がある人は行ってもらうと助かる」と声をかける描写も重要だ。

今もなお復興が進まない能登半島地震をはじめ、嫌と言うほど幾度も災害が繰り返される日本に暮らす私たち。しかし、心の傷のために忘れることが必要なことももちろんある。でも、良くも悪くも人は忘れるものだから、何度でもこうして振り返る必要があることを思い出させてくれる第5週だった。

文/田幸和歌子

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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