俳優とファッションの関係に一歩踏み込み、新たな表情や一面を引き出すことに挑戦する新連載「IN THE BACK」。初回のゲストは、太陽のように輝き、純真無垢な姿で人々を魅了し続ける綾瀬はるかさん。普段は見せることがない、彼女の奥に秘められた表情をドラマティックに切り取ります。
ドレス¥66,000(PERVERZE)、シューズ¥104,500(ジア スタジオ/ザ・ウォール ショールーム)、チュール、グローブはスタイリスト私物
映画『ルート29』にて孤独を抱える主人公を演じた綾瀬はるかさん。このタイミングで出会えてよかったと語る、今作への想いとは。
全く違う世界への興味があった。転機になりうる出会いとタイミング
ジャケット¥143,000(ヨウジヤマモト)
セリフがごくごく少なく、のり子のキャラクターもこれまで綾瀬さんが演じてきた役柄にはありません。挑戦でしたね。
「確かにセリフに頼ることがない役でした。前作の『リボルバー・リリー』もセリフは少なかったんですが、アクションで表現することができました。ですが、のり子は動きも少なかったですからね。脚本を読んだときから、この役を今やったら面白そうだなと感じていました」
出演のお話はどれくらい前に?
「2022年の『はい、泳げません』でご一緒した孫家邦プロデューサーから、公開直後くらいにこの役は私に合うんじゃないか、と伺ったのがきっかけです。それで脚本を読んだんですが、読んだだけだとすごくシュールな映画に思えたんですよね。これを映像化するとどうなっちゃうんだろう、と想像がつきませんでした。でも、森井(勇佑)監督が同世代だったり、『こちらあみ子』を拝見したときもすごく魅力のある作品を撮る方だな、と感じていたので、とにかく監督にお会いして飛び込んでみようと決めました」
ドレス¥165,000、シューズ¥57,200、グローブ¥47,300(全てヨウジヤマモト)
脚本はシュールだったんですね。
「完成した映像よりももっとさっぱりしていて、そぎ落とされている感じの世界観だったんですよ。だから、どういう映画になるんだかちょっと見えなかったんですね。監督の前作『こちらあみ子』はものすごく心が痛むけど、過剰な表現がなく、淡々とあの世界観を描いていたじゃないですか。きっとあのテイストでこの作品も撮るんだろうと思ったら、その一部になれるならぜひ、と。不安はありましたけどね」
キャリアの転機を求めてました?
「それはありますよね。この作品の撮影は昨年夏だったんですが、その前の年は『リボルバー・リリー』と『レジェンド&バタフライ』と立て続けに大作。ドラマも『元彼の遺言状』で弁護士の役で。どの作品もものすごくたくさんお稽古をして、準備をして、セリフもたくさんあって、と作り込むことが多かった。だから次は全く違うタイプの作品に関わりたい、という気持ちもあって。そのタイミングでこの作品に出会ったので、これなら全く違った世界に行けるかも、いったいどんな世界なんだろう、と興味が深まっていったんだと思っています」
蓋を開けてみないと、どんな世界か本当に分からなかったですよね。
「ねー(笑)。出来上がったときに『こちらあみ子』とも全然違う雰囲気になっていたのを最初に感じて。やっぱりこの作品に出演してよかった、と思えました」
ジャケット¥139,700(ピリングス/リトルリーグ インク)、スカート¥61,600(フェティコ/ザ・ウォール ショールーム)、シューズ、ベルト、タイツはスタイリスト私物
ロードムービーでシチュエーションはどんどん変わるのに、衣装やヘアメイクは劇中で全く変わらず。役作りに関して外見に頼ることができない分、かなり大変だったんじゃないですか?
「最初はちょっと戸惑いました。でも、作り込んだ世界観じゃないことにワクワクしました」
では、撮影はけっこう順調に?
「でも、これはこれで、きつかったことが。昨夏のロケは、ほんと暑くてもう(笑)。呼吸するのもしんどいくらい」
のり子のキャラクターについて監督からどう聞いていました?
「のり子はなぜ人とのコミュニケーションが苦手で、そもそもどうしてこういう人になったか。『こちらあみ子』の主人公・あみ子の延長線上にのり子がいるんですよね。あみ子は、よかれと思って言ったことなのに、大人たちからは否定され続ける。のり子もそういう経験があって、自分がいいと思ってしたのに、周りから非難されることによって、人と交流することを閉ざしていった。だから自分の世界だけで生きるようになったんだけど、心の中の宇宙はとっても大きくて、人に興味がないわけじゃないんだけれど、それを表に出すのが苦手、という。それを伺っていたことで理解しました」
何にも頼らず委ねるしかない。経験をそぎ落とすような作品作り
トップス¥31,900(エムエーエスユー)、スカート¥93,500(マーガレット・ハウエル)、人さし指のリング¥63,800、中指のリング¥71,500(共にバイレード/バイレード ジャパン)
監督の演出はどう感じました?
「撮りたい画が監督の頭の中には全部できているから、すっごい細かいんですよ。でも、撮影はテストと本番だけ、もしくはテストなしでいきなり本番なんです。試されてますよね(笑)。撮影時、はっきり覚えてることがあるんです。最初のシーンを一度撮ったとき、“綾瀬さん、ちょっと話しましょう”と呼ばれたんです。そしたら、監督は “僕は綾瀬さんをテレビでずっと見ていて、悪い意味ではなくとても変な人だと感じていて、のり子に近いと思っている。僕の映画は、その人が存在してることに意味がある。だから演じようと思わないでください。綾瀬さんがそこにいればいいので”って言われたんです」
ということは、素の綾瀬さんでいろ、ということになりますがそうはいきませんよね。セリフもありますし。
「そうなんですよ。そこにいればいいだけではすみませんからね。しかも、セリフのあるパートは会話するシーンだから、伝えようとするじゃないですか。そうすると、監督からは“伝えようとしすぎです”って指示が飛ぶ。会話しているのに伝えないでください、ってどういうこと!? ってなっちゃうんですよ。それで、独り言みたいな感じでつぶやいて、でも相手と会話をするということをやってみたんですが、すごく難しい。クランクインのときは、市川実日子さんが演じるハルの母・理映子とのシーンで、その会話があるからその後の旅が始まるという重要なシーン。なのに、なかなかオッケーが出なかったんですよね。すごく感覚的に指導してくれる監督だから、言葉は難しいんだけども、感覚的には伝わってくるもどかしさがあって」
トップス¥39,600(PERVERZE)、スカート¥30,800(アモーメント)
仲よしの市川さんとのシーンだったから乗り越えられたのでは?
「実日子ちゃんとは最初と最後のシーンしか共演できなかったんですけれども、彼女は“監督が言いたいことはこういうことですよね?”と、いつもあいだに入ってくれましたね。まるでプロデューサーみたい(笑)。それでも私は超難しいと悩んだんですけど、のり子を演じるんじゃなく、今までの経験を全部そぎ落として、降りてきたセリフを言うぐらいにその場に委ねることが必要なんだ、と悟ったんですよ。いわば無の境地。そこが難しかったですね。でも、それを意識してやるようにしたら、監督がおっしゃることもちょっとずつ分かるようになってきました」
のり子は伝えることが苦手なキャラクターですもんね。
「そう。だから、何にも頼らず委ねるしかない。私のシーンではないんですが、子どもたちの声だけが必要なあるシーンでは、ちょっとでも作為的に感じられる、お芝居をしているような音声が入ったらやり直し。それで、“集中してないから1回あっちの部屋行って集中してきて”っていうことがあったくらいでしたから。その場に存在するだけ、といっても、お芝居感があってもダメだし、役として集中していないとダメ。だからすごく難しいんですよね」
ジャケット¥143,000、スカート¥85,800、シューズ¥57,200(全てヨウジヤマモト)
めちゃくちゃ見透かされてますよね。
「本当に。だから心から私は無(笑)。周りにいろんな人がいるけど、私は世界でひとりしかいない、みたいな感じでした。それも初日から2日くらいは難しいと思ったんですが、掴んでからは監督からは何にも言われなくなりましたね」
そのころにプライベートで会った人たちとか、ちょっとびっくりしませんでした?
「大丈夫。カットがかかったらもう普通に戻るんです(笑)。とはいえ、本当に難しかったですね。意識して無になるって初めてだったので。完成した映画を観るまで、果たしてどこまでできてたかは分からなかったですね」
今まで見たことがない綾瀬さんでした。
「それを聞いてホッとしました(笑)」
ニットベスト¥33,000、トップスとして着たミニスカート¥37,400(共にオーラリー)
大沢一菜さんとの共演はいかがでしたか?
「一菜ちゃんは、会った瞬間“あみ子だ!”って思ったのと同時に、監督がのり子について言っていたことはこういうことなのか、とも思いました。だって、監督が言ってることそのままの人が目の前に現れたんだから。自分の中にある宇宙が大きいことだけは分かってるんだけれども、それをどう表現していいのかがよく分からなかったり、大人によってそれをおさえつけられてしまったり。それなりに経験を重ねてしまうと、自然に身について器用になっちゃこともあるじゃないですか。そうではなく、そのままでっていうことを大事にすることができている。すごく素敵ですし、恐るべき才能」
この作品も、監督や大沢さんもいいこ゚縁でしたね。
「このタイミングでなければ出会えなかったでしょうし、そう思います。しかも、旅をしながらドキュメンタリー風に撮影しているみたいなスタイルだったので、初めて演じている役なのにすごく懐かしいなって思ったんですよ。というのも、10代のころ初めて映画に出演したときも(短編映画のオムニバスシリーズ『Jam Films』の一編「JUSTICE」。監督は行定勲)、こういう感じだったんです。またそういった作品にこのタイミングで出会えて、しかもそれを私も求めていたことに気づき、すごくよかったと思っています」
この先の仕事にとても役に立ちそうな経験でしたね。超大作ばかりではなく、この規模の映画もこれからは率先して出演したいですか?
「以前から大作にこだわっていたわけではないんですが、この経験でより大作とは違う現場のよさを感じています。家族みたいな関係性でひとつのものを作っていくスタイルが、自分の性格には合っているのかも、とも思っています」
『ルート29』
story 他人との関わりを避けながら孤独に生きるのり子(綾瀬)は、鳥取での清掃員の仕事中に出会った理映子(市川)から「娘のハル(大沢)を探して連れてきてほしい」と頼まれ、清掃車を盗んで一路姫路へ。そこで見つけたハルと共に、姫路と鳥取を結ぶ国道29号線を旅することに。
監督・脚本:森井勇佑/原作:中尾太一(『ルート29、解放』)/出演:綾瀬はるか、大沢一菜、伊佐山ひろ子、高良健吾、原田琥之佑、渡辺美佐子、市川実日子 ほか/配給:東京テアトル、リトルモア/公開:11月8日より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー ©2024「ルート29」製作委員会
direction & make-up:UDA[mekashi project] photograph:KATSUHIDE MORIMOTO styling:REINA OGAWA CLARKE hair:YUSUKE MORIOKA[eight peace] model:HARUKA AYASE interview & text:MIYU SUGIMORI, MASAMICHI YOSHIHIRO
otona MUSE 2024年12月号より
配信: オトナミューズウェブ
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