警察庁はこのほど、警察官がウェアラブルカメラを身に着けて職務質問や交通違反の取締りの状況などを記録するモデル事業を2025年度から実施すると発表した。
発表によると、警察官と相手方のやりとりを記録し、職務執行の適正さの検証や目撃内容の証拠保全が目的で、職務質問をおこなう地域部門に39台、交通取り締まりをおこなう部門に18台、雑踏警備をおこなう部門に19台のカメラを配備する予定だという。
報道などによると、撮影していることが周囲にわかるように腕章を身に着けるなどの対応もおこなうようだ。撮影方法としては、地域部門では屋外活動の開始時から終了までを撮影。被害者から相談を受ける場面や住宅内に入る時などは撮影を中断するという。交通部門でも違反者への切符の作成時などは撮影しないようだ。
SNSなどでは好意的な意見が比較的多くみられ、「大賛成」「職務質問で嫌な思いしたことあるから、これは良い」「全警察官に配備してもいいくらいだ」といった声があった。一方で、「一方的に撮られるというのはプライバシーを侵害していないのか」「撮られたくない一般人も我慢しろってこと?」と懸念する意見もみられた。
警察側もプライバシーへの配慮をにじませる撮影方法をとるようだが、それでも屋外活動を撮影していれば、撮られたくない人がうつってしまうことはありそうだ。ウェアラブルカメラ導入は法的に問題ないのだろうか。行政法研究者で憲法問題にも詳しい平裕介弁護士に聞いた。
<編注:隅付き括弧は脚注番号。出典・説明は記事末尾に掲載している>
●警察官のウェアラブルカメラ導入、法的に何が問題か?
警察庁発表資料【1】や報道【2】によると、警察官のウェアラブルカメラ導入によって、(a)職務質問の際の録画、(b)交通違反の取締りの際の録画、そして、(c)花火大会などの雑踏警備の際の録画が実施されることになるようです。
これらは、刑事訴訟法で許される旨の定めのある場合には当たらず【3】、強制捜査とは異なり、任意の警察撮影・録画される個人の同意がない場合がほとんどと考えられます。
そうすると、まずは、警察権力から「承諾なしにみだりにその容貌等を撮影・録画されない個人の自由」【4】の制約が法的に許されるのかが問題となります。
この自由は、憲法13条により、憲法には明記されていない「新しい人権」【5】の1つとして保障されるものと理解されています。そのため、この自由の制約が法的に正当化されない限り、憲法13条に違反する警察活動となるか、あるいは、同条の趣旨に反し、違法な警察活動となります。
京都府学連事件判決【6】も、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下『容ぼう等』という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。……少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない」と判示しています。
このように、警察権力による個人の情報が録画によって「取得」【7】される場面の問題がまずは議論される必要があります。
●制約が法的に正当化されるケースなのか?
この自由の制約が正当化されるかについては、警察による録画の法律上の根拠規定についてどのように考えるのかという問題があり、さらに、この法律上の根拠の点をクリアできるとしても、「警察比例の原則(比例原則)」に反しないことが必要です。
警察比例の原則とは、警察作用(社会公共の秩序を維持する行政作用全般)には市民の自由を脅かす危険性があることから、その発動を抑制するためのものです。
この原則は、「必要性の原則」と「過剰規制の禁止」の2つから成り立っており、前者は警察違反の状態を排除するため(目的達成のため)必要な場合でなければならないというものであり、後者は必要なものであっても、目的と手段が比例(相応)していなければならないというものです【8】。
まず、本件のような警察官による録画の法律上の根拠の点につき、明文の規定はありませんが、(a)職務質問の際の録画については、強制捜査のような強制手段ではない任意手段の1つである職務質問【9】(警察官職務執行法2条1項)に付随する行為【10】として許されうることになるか、あるいは、警察法2条1項が参照されることによって許されうるものとなるでしょう【11】。
また、(b)交通違反の取締りの際の録画、そして、(c)花火大会などの雑踏警備の際の録画についても、警察法2条1項が参照されることによって許されうるものとなると考えられます。
ただし、警察法2条1項のような警察の「責務」の規定が市民の自由を制限する根拠として十分なものといえるかについては議論の余地のあるところです【12】から、警察行政内部の運用に係るルールに依存するのではなく、明文規定を設ける立法措置を講じることがより個人の自由保障の趣旨に適うといえるでしょう。
配信: 弁護士ドットコム