警察官のカメラ着用、試験導入…「撮られたくない人」置き去りでいいのか? 弁護士「かなり課題ある」と懸念

警察官のカメラ着用、試験導入…「撮られたくない人」置き去りでいいのか? 弁護士「かなり課題ある」と懸念

●平弁護士の見解「単純な賛否は難しいが、憲法の趣旨や警察比例の原則に適合する運用をするなら一応賛成」

警察官のウェアラブルカメラによる録画について、単純な賛否を述べることは難しいです。犯罪予防等のメリットもありますので、憲法の趣旨や警察比例の原則に適合する運用をするのであれば、という条件付きなら一応は賛成です。

憲法等に適合する運用となるかについては、これまでに述べた判例(群)・裁判例(群)の合憲性・適法性の判断枠組みにおける要件を満たすような運用となっているかどうかが重要な事項となるでしょう。

もっとも、実際には、憲法等に適合する運用という条件が成就することはとても難しいように思われます。

警察行政内部の運用に係るルールに依存するのではなく、少なくとも、合理的・明確な要件を定めた明文規定を設ける立法措置を講じなければ、そのような運用は相当難しいのではないでしょうか。

やはり、警察官職務執行法2条や警察法2条を挙げつつ、個別具体的な事実関係を前提とする判例(群)・裁判例(群)や学説等だけを参考にしながらウェアラブルカメラ録画制度を導入するという方法にはかなり課題があるように思います。

警察行政の運用に任せるだけでは、運用に係る内規・要綱が遵守されない場合も生じやすくなり、また、そもそも運用に係る内規・要綱自体が不合理な内容となる危険もあるので、警察権力が濫用される危険がより大きくなります。やはり、市民の民意を反映させた立法を作る必要性は大きいと考えます。

また、憲法等に適合する運用となるには、撮影行為を行う現場の警察官等に対する憲法や行政法の研修の実施等も重要でしょう。

なお、市民が撮影・録画することについては、公道での警察官の公務を撮影するものですから、市民が行政に管理権のある庁舎内等で撮影・録画を行う場合とも違いますので、普通は公務執行妨害や業務妨害、あるいは不法(違法)行為に当たることにはならないでしょう。

したがって、市民による撮影・録画行為自体が犯罪行為や不法行為になることは通常はないと考えられます。

●録画データの保存や利用についても問題になりうる

情報取得のほかに、保存や利用(第三者への提供)の問題があります。

前述した2024年9月の名古屋高裁でも、情報の「取得」の違法性以外に、「保存」や「利用」(第三者への提供)の違法性も認められています。

警察官のウェアラブルカメラ制度を導入するのであれば、このような論点との関係でも、関連する立法を整備する必要性が高いといえるでしょう。

ただ、これらの問題も重要ですが、本件については、まずは、個人の情報の「取得」レベルの問題が十分に議論されるべきですね。

【1】技術企画課、生活安全企画課、交通指導課、警備第一課 広報資料「警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行について」(令和6年10月17日付け)。

https://www.npa.go.jp/news/release/2024/2024wearablecamerakouhou.pdf

【2】NHK NEWS「職質などトラブル防止 警察官ウエアラブルカメラ活用へ 警察庁」(2024年10月17日 14時34分)。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241017/k10014611891000.html

【3】刑事訴訟法218条3項は、身体の拘束を受けている(逮捕・勾留されている)被疑者の写真撮影について令状がなくても許される旨定めていますが、警察官のウェアラブルカメラによる録画は同項が適用されるものではありません。

【4】憲法学説は、この自由を「肖像権」の問題と整理することがあります(戸松秀典=今井功編著『論点体系 判例憲法 1 ~裁判に憲法を活かすために~』(第一法規、2013年)96頁〔宍戸常寿〕参照)。ちなみに、芦部信喜著、高橋和之補訂『憲法〔第8版〕』(岩波書店、2023年)123頁は、この「肖像権」を「プライバシーの権利の一種」と位置付けます。

【5】芦部・前掲『憲法〔第8版〕』122頁。

【6】最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁。

【7】安西文雄=巻美矢紀=宍戸常寿『憲法学読本〔第3版〕』(有斐閣、2018年)94頁〔巻美矢紀〕。「取得」の問題のほかにも、「利用」(目的外利用の禁止)の問題や「開示」(第三者提供の禁止)の問題もあります。とはいえ、本件では、まずはそもそも警察権力が適法に個人の情報を「取得」できるのか、という点が十分に議論されるべきでしょう。

【8】塩野宏『行政法〔第6版補訂版〕行政法総論』(有斐閣、2024年)93頁、櫻井敬子=橋本博之『行政法〔第6版〕』(弘文堂、2019年)24~25頁参照。なお、警察官職務執行法1条2項は、警察比例の原則の趣旨を確認的に規定したものです。

【9】行政法学は、職務質問を、行政調査のうちの「任意調査」と位置付けます(宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第8版〕』(有斐閣、2023年)173頁)。

【10】大前提として、職務質問をするためには、警察官職務執行法2条1項の要件を満たしていなければ違法な警察活動になります。なお、警察官職務執行法上、明文規定のない職務質問に伴う所持品検査について、判例(最三小判昭和53年6月20日刑集32巻4号670頁)は、職務質問の付随行為として許容されうる旨判示します。

【11】前述した京都府学連事件判決も、警察法2条1項を写真撮影の適法性を認める理由として挙げています。

【12】宍戸常寿「幸福追求権(2)(プライバシー権)」警察学論集75巻10号(2022年)129頁(151頁)参照。

【13】戸松=今井・前掲『論点体系 判例憲法 1』97頁〔宍戸常寿〕参照。

【14】ただし、判例(最二小決平成20年4月15日刑集62巻5号1398頁)は、前掲京都府学連事件判決につき、「警察官による人の容ぼう等の撮影が、現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではない」として、その射程を限定しつつ、公道上あるいはパチンコ店内が「人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所」であるとし、これらの場所における被疑者の容ぼう等のビデオ撮影を適法としました。また、裁判例である山谷監視カメラ事件判決(東京高判昭和63年4月1日判例時報1278号152頁)も、京都府学連事件判決は「その具体的事案に即して警察官の写真撮影が許容されるための要件を判示したものにすぎず、この要件を具備しないかぎり、いかなる場合においても、犯罪捜査のための写真撮影が許容されないとする趣旨まで包含するものではない」とし、「現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的、自動的に撮影、録画することも許される」と判示しています。

【15】宍戸・前掲「幸福追求権(2)(プライバシー権)」150頁参照。

【16】職務質問は、警察官が挙動不審な者を見つけた際にその者を停止させて質問するものであり、特定の犯罪の嫌疑がなくても許される行政警察活動(警察官職務執行法2条1項参照)ですから、刑事訴訟法上の捜査との境界が微妙という面もありますが、本来は「犯罪の予防」のためのものです(三井誠=酒巻匡『入門刑事手続法〔第9版〕』(有斐閣、2023年)9~10頁参照)。ですから、本件の①職務質問の際の録画は、基本的には、犯罪予防目的の録画の場合に当たります。なお、②交通違反の取締りの際の録画、③花火大会などの雑踏警備の際の録画も、同様のものと考えられます。

【17】大阪地判平成6年4月27日判例時報1515号116頁。なお、同地裁判決(一審)の二審(大阪地判平成8年5月14日判例集未登載)も一審とほぼ同様の判断を下し、最高裁も、上告を棄却している(青柳幸一『警備業実務必携 わかりやすい憲法(人権)』(立花書房、2013年)70頁参照)。

【18】前掲釜ヶ崎監視カメラ事件判決では、肖像権・プライバシー権・表現の自由などの権利・利益の侵害が主張されていました。

【19】戸松秀典=今井功・前掲『論点体系 判例憲法 1』97頁〔宍戸常寿〕参照。

【20】公共訴訟を支援する認定NPO法人「CALL4」の公式ウェブサイト(下記URL)で公表されている「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟」の訴状(2024年1月29日付け)等参照(「レイシャル・プロファリング」の意味につき、同訴状2頁参照)。

https://www.call4.jp/file/pdf/202402/ad1dbcd370a7ece6927e1e5aa9c014ee.pdf

【21】最三小決昭和55年9月22日刑集34巻5号272頁参照。同決定は、自動車の一斉検問の適法性につき、「交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施」することにつき、短時分の停止を求め、相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきと判断しています。

【22】名古屋高判令和6年9月13日判例集未登載。

【23】NHKNEWS「警察収集個人情報 一部抹消命じる 施設建設めぐり 名古屋高裁」(2024年9月13日18時56分)。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240913/k10014581171000.html

【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。主な業務は行政訴訟、憲法訴訟。行政法研究者でもあり、多数の論文等を公表。大学やロースクール(法科大学院)で行政法等の授業を担当(非常勤)。審査会の委員や顧問など、自治体の業務も担当する。
事務所名:AND綜合法律事務所
事務所URL:https://and-lawoffice.com/

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