●商標法第3条2項とは何か?
——今回の判決は、「商標法第3条2項」を審決取り消しの根拠にしています。これはどういうものなのでしょうか。
まずは、商標法第3条2項の条文です。
「2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる」
さきの例を用います。自動車という商品の商標として「スピード」を付したメーカーが、粘り強く営業をかけ、テレビCMもうち、自動車雑誌やインフルエンサーにも働きかけ、もはや自動車の業界で、「スピード」と言えば、あそこのメーカーのあの車種だ、大ヒットして僕も私も「スピード」が欲しい、あの車が欲しいのだ!となったらどうでしょうか?
こうなったら、他のメーカーの商品(自動車)と識別できるようになったと言えるのではないでしょうか。そのような場合、「よくやりましたね登録OKです」としてもいいですよね。それが上の3条2項です。
実は、東宝はすでに、特許庁の審査段階からこの3条2項の主張はしていました。
しかしながら、特許庁の方は、「使用商品の販売数、売上等は確認できません。また、使用期間が一時的であり、現在使用されている事実も確認できません。加えて、アンケートの結果等の需要者の本願商標の認識の程度が客観的に分かる資料の提出もありません」、「仮に映画の分野において当該形状が「シン・ゴジラ(の第4形態)」であると認識されているとしても、本願指定商品の分野において認識されているということはできません」、「本願指定商品の分野における、本願立体形状の著名性は確認できません」とケンモホロロでした。
さらに、東宝は、訴訟の前に特許庁に対して審判の請求もしています。しかしながら、やはりその審判でも東宝の主張は受け入れられませんでした。不成立審決ということでした。
●特許庁の審決が取り消された理由は?
——では、結局、知財高裁が特許庁の審決を取り消したのは、どのような理由でしょうか。
まず、知財高裁も商標法3条1項3号に該当することについては審判の判断を容認しました。つまりは原則として識別力はないと判断したのです。
判決を抜粋してみます。
「こうした造形は、際立った特徴を有するものであっても、『縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他おもちゃ、人形』としての機能又は美感上の理由から選択されたと解されるものであって、換言すれば、怪獣又は恐竜に係る商品自体の形状として採用されたにすぎないと認識されるものである。
本願商標の立体的形状に係る本件特徴も、世上一般的にみられる、恐竜や怪獣をかたどった立体的形状が有する上記特徴と本質的に異なるものではなく、指定商品に係る商品の形状そのものの範囲を出るものとまで認めることはできない。
そうすると、本願商標は、『縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他おもちゃ、人形』という本願の指定商品の機能や、美観の発揮の範囲において選択されるものにすぎないというべきであり、商標法3条1項3号に該当する 」
自動車の「スピード」商標と、何ら変わることはない、そういうことですね。
ただし、3条2項については、特許庁の審判と様相が異なりました。知財高裁は、判断枠組みを以下のように設定します。
「……シン・ゴジラの立体的形状は、それ以前のゴジラ・キャラクターと比較して、頭部が小さくなり、前脚(腕)の細さが一層際立つ一方、尻尾はより太く長くなっているなど、全体のプロポーションに違いが生じているほか、背中から尻尾にかけての部分を中心に赤みがった色彩が加わっている等の違いがあり、被告が主張するとおり、両者を同一(実質的に同一)と認めることは相当でない。
しかし、商標法3条2項の『使用』の直接の対象はシン・ゴジラの立体的形状に限られるとしても、その結果『需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる』に至ったかどうかの判断に際して、『シン・ゴジラ』に連なる映画『ゴジラ』シリーズ全体が需要者の認識に及ぼす影響を考慮することは、何ら妨げられるものではなく、むしろ必要なことというべきである」
つまり、被告の特許庁としては、「シン・ゴジラ」なんだから、「シン・ゴジラ」として使用された結果、どれだけ世間に浸透しているのかを見るべきだ!(狭い範囲での浸透度を見よ!)と言っているわけです。これはこれで妥当な話だと思います。
他方、原告の東宝としては、昭和29年以来の長い伝統のあるゴジラなんだから、狭い範囲だけではなく、長い伝統を持つゴジラ、そういう広い範囲での使用として見て欲しい、こういう主張をしていたのですね。こちらも流れ的には当然のことでしょう。
で、知財高裁がどう判断したかというと、上記のとおり、「商標法3条2項の『使用』の直接の対象はシン・ゴジラの立体的形状に限られるとしても、その結果『需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる』に至ったかどうかの判断に際して、『シン・ゴジラ』に連なる映画『ゴジラ』シリーズ全体が需要者の認識に及ぼす影響を考慮することは、何ら妨げられるものではなく、むしろ必要なことというべきである」と言っているのですから、被告の特許庁には多少気を使っておりますが、結局東宝の意見を取り入れたと言って良いでしょう。
こうなると、長い伝統つまりは長い使用期間を認めたに等しいのですから、もう結論は一つですね。
その結果、知財高裁は、次のように結論づけました。
「以上を総合すれば、本願商標については、その指定商品に使用された結果、需要者である一般消費者が原告の業務に係る商品であることを認識できるに至ったものと認めることができる」
配信: 弁護士ドットコム