2児のママ、野獣・松本薫。仮面イクメン夫への不満が爆発。それから3カ月後「戦いに行くぞ!」と覚悟を決め、夫にあることを伝えた【インタビュー】

2児のママ、野獣・松本薫。仮面イクメン夫への不満が爆発。それから3カ月後「戦いに行くぞ!」と覚悟を決め、夫にあることを伝えた【インタビュー】

2012年ロンドンオリンピック柔道金メダリストの松本薫さん。今夏開催されたパリオリンピックでは、柔道のわかりやすい解説も話題になりました。
そんな松本さんは現在7歳の女の子と4歳の男の子の2人の子育て中です。「仮面イクメンの夫と思いっきりぶつかったことがある」という松本さんに、夫さんとの関係やアスリートが育児に取り組むとどうなるか、などについて聞きました。
全2回インタビューの前編です。

お食い初めで夫への不満が爆発。仮面イクメンの夫に物申す!

松本薫さんが結婚したのは、2016年11月。翌年には長女が誕生しました。

――夫さんとの出会いについて教えてください。

松本さん(以下敬称略) 大学時代に後輩の紹介で知り合いました。同じ松本という名字だったこともあり仲よくなり、2016年11月に結婚しました。

――今夏発行された著書『野獣の子育て』では、出産されてからの夫さんとの関係について触れられています。

松本 夫は、最初のうちはめちゃくちゃ「仮面イクメン」だったんです。1回おむつを替えたり、1回ミルクをあげただけで「十分、育児をしている」と思っていたんです。「俺、育児やってる~! 俺ってすごいイクメンだ~」みたいな・・・。

長女のお食い初めの日、夫の両親などが来て、みんなでお祝いをしているときに、私が社交辞令で「〇〇さん(夫の名前)が、いつもよく手伝ってくれるんです」と言ったら、みんなが夫に「えらいね」「疲れちゃうからたまには休みなよ」とか言い出して、夫は否定もせずに、イクメンのふりをしているんです。それを見ていたら、もう私、プチッと切れちゃって!

――そのことを夫さんに伝えたのでしょうか。

松本 私は、昔から自分が勝てる状況を作らないと戦わない、けんかもしません。アスリートあるあるかもしれません。
ムカムカしながらもじっくりと作戦を練り、あの魔のお食い初めの日から3カ月後「戦いに行くぞ!」と決めて、夫に言いました。
私がとった作戦は、目で見てわからせる作戦です。私が1日でする仕事、家事、赤ちゃんのお世話を全部ノートに書き出しました。そして夫がする仕事、家事、赤ちゃんのお世話もノートに書き出して、目で見て現実をわからせようとしたんです。一目瞭然で、私がやっていることのほうが多いとわかるノートでした。9割、私がやっています!

しかも、それまで夫は私に感謝をしたこともありませんでした。なのに私は、夫が少し手伝うと「ありがとう」と言っていて・・・。そのころは違和感しかありませんでした。
夫に「ちょっと話がある」と言って、そのノートを見せて「あなたは本当のイクメンですか?」「私はもうこれ以上は、頑張れない」「しっかり考えて答えをください」と言って、娘を抱っこして柔道の合宿に行きました。「離婚を覚悟して話している」とも伝えました。1週間の予定の合宿でした。

そしたら翌日、夫はLINEで謝ってきました。「自分は本当にやっていると思っていたけれど、それは勘違いだった。これから頑張る」と言うので、「“頑張ります”はだれでも言えます。覚悟してやってくださいね」とメッセージを送りました。

――ノートに書き出したんですね。

松本 私は何かあるとノートによく書き出すんです。「闇ノート」と呼んでいて、そのときの気持ちをノートに書き出します。すると頭が整理されて、だんだん解決の糸口が見つかったりするんです。

――その後、夫さんは変わりましたか?

松本 それから夫は育児も、家事もよくするようになりました。
私自身も、夫は言葉にして言わないと伝わらないんだということがわかりました。私が「大変だから気づいてよ」「この状況見ればわかるでしょ」と思っていても、言葉にして伝えないとわからないんです。
そのため夫のトリセツに「言葉で伝える」という項目をしっかり追記しました。

あのバトルがあったから、今では夫とはいい関係です。私と夫は早朝ジョギングが日課ですが、子どもがいるので夫婦で一緒にジョギングはできません。そのため私は朝5時から。夫は、私が帰宅したら走りに行きます。
早朝のジョギングは私にとっては貴重な自分時間です。自分の時間が少しでも作れると、ストレスが軽減します。

赤ちゃんを連れて練習へ。東京オリンピックをめざしていたころはストレスがピークに

松本薫さんは、東京オリンピックをめざし、一時は赤ちゃんを連れて練習やトレーニングをしていたと言います。

――長女が生まれたころ、柔道の合宿に長女を連れて行ったとのことですが、普段の練習やトレーニングも子連れだったのでしょうか。

松本 長女が生まれたころは、まだ現役だったので、赤ちゃんのころから練習やトレーニングに連れて行っていました。
練習中、赤ちゃんは師範室などの安全な場所で寝かせていて、けがをして別メニューの練習をしている後輩などが赤ちゃんを見てくれていました。長女が泣くと「先輩、泣いてま~す」と教えてくれるんです。そうすると練習を一時、中断してミルクをあげたりしていました。

――赤ちゃんを預かってくれる人はいなかったのでしょうか。

松本 長女は生後4カ月から保育園に入園できたのですが、それまでは赤ちゃんを連れて練習に行っていました。私は、そのころほぼワンオペでした。
味の素ナショナルトレーニングセンターには、女性アスリート支援があって、練習中に赤ちゃんを見てくれたりしますが、ほかではそういうことはありません。

――赤ちゃんと一緒で、練習には集中できましたか。

松本 練習に集中したくて、赤ちゃんとたくさん遊んで疲れさせて「これで2時間は寝てくれる! 練習ができる」と思っても、うまくいかないことの連続でした。本当にあせったし、イライラするときもありました。「今日も練習できなかった~」と落ち込むことも多かったです。

――松本さんの柔道人生の中で、これまでけがをして練習ができなかったこともあったと思いますが、そのときのあせりとは違うのでしょうか。

松本 けがは必ず「手首を変についたから」「肩の入れ方が弱かった」など理由があります。けがをすることで、次は同じけがをしないように対策もとれます。けがは強くなるためには必要です。

でも、育児はまったく別物です。赤ちゃんを長時間泣かせないようにする対策なんてありません。

また私は、これまで1日のスケジュールを立てて、それに沿って練習やトレーニングをしていました。「超」完璧主義なんです。子どもが生まれてもそのいう癖が抜けずに、時間を決めて育児と家事、練習・トレーニングを計画どおりに進めようと思っていたんです。でもうまくいかなくて・・・。今思えばうまくいくはずがないってわかるんですが、当時は必死でした。
練習中に寝てくれるように、赤ちゃんを起こす時間を早めたり、ミルクの時間をずらしたりして試行錯誤しながら再チャレンジしても、まったくうまくいかないんです。東京オリンピックをめざしていたころは、あせりとイラつき、ストレスはピークでした。

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