3、今までに外患誘致罪で有罪となった判例はある?
過去に外患誘致罪で有罪判決が下された裁判例・判例は存在しません。
(1)外患誘致罪の性質は裁判手続に馴染まない
外患誘致罪が刑法典に規定されているにもかかわらず処断された例がない理由としては以下のようなことが考えられます。
外国からの武力行使が成功すると日本国内の秩序が崩壊するので裁判制度で処罰することが困難になる(国内秩序が未だに保たれているということは外患誘致罪該当行為が行われていないことを意味する)
外患誘致罪や外患誘致予備罪などが問題になるケースでは深刻な外交問題に発展する可能性が高く、政治的な解決が優先されるので、司法作用が消極的になる
(2)過去1回だけ外患誘致罪の適用が問題になった事例がある
しかし、過去に外患誘致罪の適用が問題となった事例が1件だけ存在します。いわゆるゾルゲ事件と呼ばれるものです。
ゾルゲ事件とは、ソビエト連邦のスパイ諜報員リヒャルト・ゾルゲを中心とするスパイ集団が日本国内で行っていた諜報活動に関与した機関関係者・構成員が大量検挙された事件のことです(1941年9月~1942年4月)。
諜報活動の主な目的は、満州事変後の対ソ政策・対ソ攻撃計画の情報収集と旧ソ連への侵入阻止計画の遂行であり、日本に対する軍事的な武力行使に発展する可能性もあったため、外患誘致罪の適用が検討されました。
しかし、対ソ・対独との外交関係と公判維持の不確実性が懸念材料となり、外患誘致罪での検挙は断念され、最終的には国防保安法違反・軍機保護法違反・治安維持法違反・軍用資源秘密保護法違反などで起訴されています。
主犯格のゾルゲと尾崎秀実は死刑判決、その他18名が懲役刑を下されました。
このように、太平洋戦争開戦間近の緊迫した政治情勢の下でも外患誘致罪の適用には慎重な姿勢が取られたことを踏まえると、今後世界情勢がどれだけ不安定になっても外患誘致罪での逮捕・起訴・判決は現実には起こりにくいと言えるでしょう。
4、外患誘致罪にまつわる犯罪や似ている犯罪
日本国の存立自体を脅かす犯罪は外患誘致罪だけではありません。刑法典には、外患誘致罪に関連するものとして以下のような犯罪類型を定めています。
外患援助罪(刑法第82条)
外患誘致・外患援助の未遂罪(刑法第87条)
外患誘致・外患援助の予備・陰謀罪(刑法第88条)
内乱罪(刑法第77条)
(1)外患援助罪
外患援助罪とは、日本国に対して外国から武力行使があったときに、外国勢に加担して、軍務に服したり、何かしらの軍事上の利益を与えたりする行為を対象とする犯罪のことです(刑法第82条)。
外患援助罪の法定刑は「死刑、無期懲役、2年以上の懲役」と定められています。
外国からの武力行使への「加担」とは、武力行使をしている外国に協力することです。
また、「軍務に服する」とは、軍人・軍属として勤務することであり、戦略や医療、雑役などへの関与も含まれるため直接戦闘に参加するか否かとは関係ありません。
さらに、「軍事上の利益を与えた」とは、外国の武力行使に役立つ一切の行為のことです。
たとえば、武器や弾薬の調達、機密情報の提供、食糧や隠れ場所の供給などが幅広く含まれます。
外患誘致罪と大きく異なるのは、外患援助罪が成立するには「日本国に対して外国から武力行使があったとき」という状況が前提となるという点です。
外患誘致罪は、犯人側の働きかけによって武力行使が行われたことが必要ですが、外患援助罪は現に発生している武力行使に加担する行為が規制対象とされます。
このように、武力行使に対する関与レベルが両罪では大きく異なることを踏まえて、同じ「外患に関する罪」には位置付けられるものの、法定刑には大きな差が設けられています。
(2)外患誘致・外患援助の未遂罪
外患誘致罪及び外患援助罪は、それぞれ未遂犯も処罰されます(刑法第87条)。
たとえば、外国と日本への武力行使について通謀して計画を進めていたが実際の武力行使は行われなかった場合には、実行の着手が認められる段階で外患誘致未遂罪が成立します。
また、日本に対して武力行使をしている外国兵に武器を供与しようとして失敗に終わった場合には外患援助未遂罪に問われるでしょう。
未遂犯は情状酌量の余地があれば刑が減軽される可能性がありますが、その判断は裁判官に委ねられており、減軽が確約されるわけではありません(刑法第43条本文)。
つまり、外患誘致未遂罪・外患援助未遂罪で有罪が言い渡されるときには既遂犯と同じ法定刑が科される可能性があるということです。
外患誘致未遂罪の場合には死刑となる可能性もあります。
(3)外患誘致・外患援助の予備・陰謀罪
外患誘致罪・外患援助罪は日本国に対する重大な侵害行為なので、実際の武力行使に至る前段階の武力行使の誘致や武力行使への加担のための準備行為や謀議、画策を行った時点で、刑事処罰の対象とされます(刑法第88条)。
これは、武力行使に至るよりも前の段階から処罰を可能とすることによって、未然に日本国に対する武力行使を食い止めようとする趣旨に基づくものです。
予備とは、犯罪の実現を目的とする準備行為のことです。
また、謀議とは、犯罪の実現に向けて計画や実行手段などについて相談、画策することを指します。
たとえば、日本国への武力行使について外国と話し合いをしただけで外患誘致陰謀罪が成立する可能性があります。
外患誘致・外患援助の予備・陰謀罪の法定刑は「1年以上10年以下の懲役」です。
(4)内乱罪
内乱罪とは、「日本国の統治機構を破壊する目的」「日本の領土内で国権を排除して権力を行使する目的」「その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱する目的」で行われる暴動を対象とする犯罪のことです(刑法第77条)。
国家転覆を目指すテロ行為などが想定されており、神兵隊事件・オウム真理教事件・普天間基地移設問題関連事件などで実際に適用が問題になりましたが、内乱罪で有罪になった事例は過去一度も存在しないのが現状です。
内乱罪における「暴動」は、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱する目的を遂げるにふさわしいある程度組織化された多数人・集団で行われる必要があるので、組織化されていない集団や一個人が何かしらの実力行使に及んでも内乱罪が成立することはありません。
外患誘致罪と同じように内乱罪も日本国の存立自体を脅かす重大犯罪ですが、外患誘致罪が「外部からの侵害行為」を対象としているのに対して、内乱罪は「内部からの侵害行為」をターゲットにしている点で異なります。
内乱罪の法定刑は、暴動や破壊行動への関与レベルに応じて以下のように定められています(刑法第77条1項各号)。
首謀者:死刑又は無期禁錮
謀議に参与した者:無期又は3年以上の禁錮
群衆を指揮した者:無期又は3年以上の禁錮
諸般の職務に従事した者:1年以上10年以下の禁錮
付和随行し、その他単に暴動に参加した者:3年以下の禁錮
外患誘致罪と同じく、内乱罪に該当する行為が行われた場合には日本国内に重大な被害が生じることが想定されるので、内乱未遂罪(刑法第77条2項)、内乱予備罪・内乱陰謀罪(刑法第78条)、内乱等幇助罪(刑法第79条)という形で、暴動行為の前段階の準備行為や支援行為も刑事罰の対象とされています。
配信: LEGAL MALL