あの子。|佐津川愛美

あの子。|佐津川愛美

香水の瓶が割れた。

玄関の棚から落ちて、あっという間。

韓国に行った時に買ったから、あれはまだ10代だったはず。

なかなか減らなかった香水が、一瞬で役目を果たしていった。

 

初めて友人と行った海外旅行。

記念にと、日本では見かけたことがないローズの香水を買った。同じ香りのハンドクリームやミストや色んなものがある中で、なぜか香水を選んだ。

その翌年、また韓国に行って、別のローズの香水を買った。

そのあとに買ったのは、ウラジオストックでみつけた独特な香りの子。

そして、もうひとつはどこで買ったのか全く思い出せない、大人っぽいスマートな子がいる。

海外に行ったら香水を買うという謎のルールを自分に作ったけれど、買い忘れることがほとんどで、そもそも気に入っている香りかと言われれば、全くそんなこともない。だから普段は一向につけることもなければ、減ることもない。

記念にと買ったところで、それを楽しんで懐かしんで、いい気分になるなんてことは私には出来ないできた。そのくせなぜ記念にと、買っていたのだろうか。

そのうち、ミニマムに暮らすことの快適さを覚え、引っ越しのたびに物を減らし、それでもその香水たちは捨てることが出来ず、一緒に何回引っ越しを共にしてきただろうか。

タオルで香水を拭き、割れた瓶を回収する。

小さな破片は危ないはずなのに、どれも尖ることなく、直接拾い上げても手が切れることも、血が出ることもなかった。

静かに香りが漂っている。

確かに、ほのかに香る子だった。

強烈な印象を残すことなく、ほわーんといつも包んでくれる子。

玄関に行くたび、うわぁ香水落としたんだったとは思わせない。そういえば、ほのかにいい香りねぇと思わせてくるあの子は、「私はここよではなく」「私はここに居るからね」と言ってくれる子だった。

 

逆に、ウラジオストックから来た子は、「私はここよここなのよ」しか言ってこない。

それがまた、たまに愛おしくなる。

時々思い出して、本当に時々一緒に出かける。年に1回あるかないか程度なのに、時々無性にその香りを思い出す。

でも忘れたくないのはあの子なのです。なかなか一緒に出かけなかった、ほわーんとしたあの子が居なくなってしまったことが、自分のせいで居なくなってしまったことが、どうしようもなく申し訳なくて、どうしようもなく切なく感じてしまう。そんな気がしてしまう。

あの子にごめんねと、ありがとうを。

こんな気持ちになったのは、冬の始まりのせいだろうか。

【楽】クランクアップ。

やっぱり現場は楽しい。それが全て。

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