『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
はずかしがらなくていいからね
朝、子どもが玄関まで見送りにきて、「まま、はずかしがらなくていいからね~!」と手を振った。それ、私がいつも君の発表会の前に言うてるやつ。
文学フリマ初出店の日。
なんとか無事に刷り上がった自作のエッセイ集を詰めたトランクを、ガラゴロと引っ張って、「10冊売れたらいいほう、10冊売れたらいいほう」と念仏のように唱えていた。だれもブースに来てくれないところも、何度も想像する。そうやって、さみしい事態を予行練習しておかないと、本番で打ちのめされそうで。
到着した東京ビッグサイトはあまりにも巨大でため息がでる。今回の出店数は2623ブースでその中にはプロの作家さんもたくさんいて、「私なんか」とまた思う。
会場に着くと、ブースを間借りさせてくれた【ひとりビブリオバトル】のマイスさんがもういて、にこにこ手を振ってくれ、ホッとする。
机の上に冊子を並べる。まずは10冊。周りのブースはのぼりを立てていたり、ポスターを机に貼っていたり、華やかだ。ふぅっと息を吐く。ドキドキする。
12時、開場のアナウンスが流れる。
すると、まっすぐにこちらのブースまで走ってきてくれた人がいた。「これ、ください」。私の三人称エッセイ集『それは、ほんとにあったこと』を指さして、言ってくれた。
「え、ほんとうですか。これですか?」思わず聞いた。
「はい、これ、ください」
「何で知ってくれたんですか?」
その人は、好書好日の連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた」で私を知り、『夢みるかかとにご飯つぶ』も買ってくれたそうだ。
「お客さん第一号なんです。すごく元気が出ました! ありがとうございます!」と言う。後ろにまたお客さんがやってきた。
「大阪から夜行バスに乗ってきました」
「ご本人にお会いできるなんて感激です」
「私も小説を書いていて、清さんのエッセイにすごく励まされたんです」
「夢ごはを持ってきたので、サインもお願いしていいですか」
「夢ごはを読んで、はじめて自分も小説を応募することにしました」
「お父さんに頼まれて買いにきました」
「仙台の友達に頼まれて買いにきました」
あれよあれよという間に、気が付いたら完売していた。
『夢みるかかとにご飯つぶ』を出版してから、売れ残っていたらどうしよう、と書店に行くのもちょっと怖くなっていた。友だちにさらっと「読んでないや! ごめーん!」と言われ、友だちでさえ読まないものを、縁もゆかりもない人が買ってくれるわけない……と落ち込んだりしていた。
だけど、縁もゆかりもないはずの人たちが、私になんのお義理もない人たちが、「夢ごは」の感想を震えながら伝えてくれた。
「はずかしがらなくていいからね」
子どもの言葉を思い出して、心を込めてお手紙のようなサインを書いた。
書いたものを喜んでくれる人がいることを、私はもっと信じよう。
はずかしがらずに、はずかしいことを書き続けよう。
配信: 幻冬舎Plus