●旅館の「カギは客に渡した」との言い訳は通じるのか
——旅館は罰せられるのでしょうか
さて、相談内容から、旅館が罰せられる可能性があるかどうかを考えるうえで、最大のポイントは次の2点です。
(1)旅館がコンパニオン派遣会社からもマージンを取っており黙認状態
(2)コンパニオンと客が貸切温泉を利用中の場合は2人の声が聞こえることのないように、その隣の温泉に客を入れるなという指示もしている
売春場所の提供により罰せられる条件としては、旅館側に「故意」があったこと、つまり、旅館側において、派遣されたコンパニオンと客との間で、売春行為がおこなわれることを知って場所を提供していたことが必要になるわけです。
(1)と(2)は、このような旅館側の故意を強く推認させる事情となります。
なお、旅館からは「カギは客に渡しているし、客が勝手にコンパニオンを呼んで、勝手に買春行為に及んだだけ、旅館は知らなかった」という反論がされると思いますが、上記の(1)と(2)の事情を考えると、旅館側の故意が否定されるとは考えづらいです。
したがって、あくまでも相談内容からの判断にはなりますが、きっかけがあれば、旅館が売春防止法違反で処罰される可能性は十分にあると思います。
ただし、もちろん刑事事件の話ですから、故意の有無については厳密な立証が必要とされます。問題となっている買春行為をしている客が常連か否か、旅館とコンパニオン派遣業者の間における具体的なやり取り、そのような行為がおこなわれている状態がどれくらいの期間続いているのか、その他、従業員の証言などの事情も総合的に考慮したうえで、犯罪の成否は決まります。
●摘発が心配なら、従業員は「防衛策」をとっておこう
——カギを渡すなどの業務にあたった従業員まで罪に問われるでしょうか
理論上は、従業員も処罰対象になりえますが、通常、従業員は使用者の指示を受けてやっただけであり従属的な立場になります。場所の提供による直接的な利益を受けているわけでもないと思いますから、実際に処罰対象となるのは、旅館のオーナーなど、責任者だけである可能性が高いと思います。
ただし、それでも心配な場合は、万が一に備えて、警察に秘密裏に相談して、警察から旅館に指示・指導してもらう、オーナーと相談者のやり取りを録音するなど、客観的な記録に残しておくといった手段は防衛策として実施しておいてもよいでしょう。
——「売春」とまで至らずとも、性的サービスがあればどうなるでしょうか
売春行為がおこなわれているということで、今回は売春防止法を中心に解説しましたが、相談者が指摘するように、売春行為はなくとも、「接待行為」や「売春行為ではない性的サービス」が旅館でおこなわれるような場合には、風営法が問題になってきます。
この場合も、旅館が風営法違反で罰されるかどうかについては、これまで説明してきた視点が重要になってきます。
【取材協力弁護士】
林本 悠希(はやしもと・ゆうき)弁護士
大阪大学高等司法研究科卒業、2018年弁護士登録、大阪弁護士会所属。2021年1月P&M法律事務所を設立。離婚・男女問題、交通事故、相続・遺言、刑事事件などに注力。弁護士になる前は歌手を目指していた。
事務所名:P&M法律事務所
事務所URL:https://pandmlo.com/
配信: 弁護士ドットコム