元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、一冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第七回「読んだら元気が出る本」の後編です。藤岡さんは、この読書会で初めて、漫画をセレクト! お二人はどんな風に読まれたのでしょうか。
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
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藤岡みなみさんの「読んだら元気が出る本」:藤岡拓太郎『大丈夫マン 藤岡拓太郎作品集』(ナナロク社)
藤岡:では今度は私が選んだ本をご紹介します。今回初めて、漫画を持ってきました。
菊池:そうですね!
藤岡:藤岡拓太郎さんの作品集で『大丈夫マン』です。元気が出る本と言えば、このタイトルとこの表紙が浮かんできました。主に1ページ漫画の作品集で、たまに1ページ以上の漫画もあるんですけど。
表紙も漫画になっていて、それが表題作の「大丈夫マン」という作品なのですが、見るだけで笑ってしまう。大丈夫マンは水泳パンツを履いた裸のおじさんで、胸元に「大丈夫」って書いてある眼鏡をかけた男性なんだけど、「不安とか心配ごとをわたしにぶつけてごらんなさい」って言うんだけど、ぶつけるとすごいくらって、血反吐を吐いて寝込んでしまうっていう。
この「大丈夫マン」っていう作品自体は、藤岡拓太郎さんが疲れて元気がない時に、自分のために書いた漫画らしくて。 自分を大丈夫マンに癒してもらおうと思って書いたら、いろんな人の心も大丈夫マンによって癒されたんです。
菊池:そういうことがあとがきにも書かれてましたね。
藤岡:そうなんです。本の内容は、ずっと大丈夫マンが出てくるわけじゃなくて、それぞれ別の短編漫画なんですけど、結構不条理系というか。この言葉でまとめたくないけど、シュールな感じなんですよね。「突然!」「急に!?」みたいな、そういうところがとっても面白くって。よくある4コマ漫画のような、「起承転結」「落ち」という感じにはなっていなくて、「……何この世界?」みたいな、全部の作品に余韻がすごく残る。
菊池:そうですね。
藤岡:それが私はとても好きで。日常の中の言葉にできない瞬間ってあるじゃないですか。
菊池:はい。
藤岡:それが散りばめられてるというか。藤岡拓太郎さんの目に映る世界って、こんなふうにヘンテコで愛おしい感じなんじゃないかなって想像するんです。
菊池:うんうん、 そうですね。
日常の中の何気ないシーンで、人生の愛おしさを思い出す
菊地:本のタイトルが『大丈夫マン』で、作品ごとにもタイトルがついていますが、そのタイトルも作品を補強してて、面白いですよね。
藤岡:そうなんですよ。私が好きなタイトルは「桃太郎を擬音だけで語る父」。子どもを寝かしつける時に「昔、昔あるところ……」にとかじゃなくて、桃太郎に出てくる擬音だけを枕元で喋ってあげてる。
それだけでも面白いんだけど、最後のコマが何回見ても笑っちゃう。足で障子を破っちゃうっていうコマなんですけど、情けないんですけど、でもこれあるよなとも思って。そもそもなんでこんなことしてんのかわかんないし、しかも情けない結果になることって、人生の中にあるけれど、取り立てて日記とかには書かない部分というか、「今日こんなことがありました」「こう思いました」じゃない部分が切り取られている。
菊池:日常の中の何気ないシーンですよね。この「桃太郎を擬音だけで語る父」も、子どもに対して擬音で読み聞かせをしてるっていうところまで終わってもいいんですけど、なぜか障子を破るところまで書かれていますし。
藤岡:あと「『おいしい』を『うれしい』と言うおっさん」っていうタイトルでは、「おいしい」って言うところを「うれしい! うれしい!」って言いながら食べてる。
菊池:なんでしょうね。それだけで面白いですよね。
藤岡:そうなんです。だから元気がない時にこの本を読むと、自分の人生の愛おしさを思い出すんです。見過ごしてるくだらないシーンが世界には多分たくさん溢れていて、それが可愛いなとか、人間可愛いなって思い出せるような感じがします。
菊池:僕が好きなのは「キャベツだけ買った人」です。
藤岡:これ、かなり異色な漫画ですよね。
菊池:そうですね。本当にキャベツだけ買った人なんですよね。
藤岡:キャベツだけ買った人がただ通り過ぎていくっていう。「キャベツだけ買った人って変だよね」とか「キャベツだけ買った人ってこうだよね」ではなくて、キャベツだけ買った人という、そのものを味わう。
菊池:そうですね。あと背景も好きで。駐車場の脇にある自販機だけが書かれてて、こういう場所あるよなみたいな。
藤岡:しかもこれ、同じ絵が3コマ続いてるけどコピーじゃないっぽくて。
菊池:あ、本当だ。全部一から書いてますね。
藤岡:かなり細かい、精密な自販機の絵ですね。こういう駐車場の横の自販機とそのゴミ箱って、物語からはこぼれ落ちる部分というか。
菊池:うん、出てこない。
藤岡:3個も連続でピックアップされるようなものじゃない。その着眼点がとっても素敵。
菊池:本当ですね。しかも、この場所ってみんな知ってると思うんですよ。駐車場の脇の自販機。絶対に見たことがある。
藤岡:みんな見てますよね。見てるけど、絶対日記には書かないシーン。
菊池:見過ごしてる感じはありますね。
配信: 幻冬舎Plus