大学教授が「教育への急速なAI活用」に警鐘を鳴らす理由。AIによる効率・最短学習で失われる「大切な学び」とは

大学教授が「教育への急速なAI活用」に警鐘を鳴らす理由。AIによる効率・最短学習で失われる「大切な学び」とは

急速に実用化が進むAI。すでに生活に浸透しているAIの技術は、今の子どもたちが社会に出るころにはますます進化しているでしょう。AIとの共存が当たり前となった現代を、親子でどう生きていくか。公立はこだて未来大学システム情報学部教授で『AIの世界へようこそ』の著者・美馬のゆり先生にうかがいました。

AIを使った学びで得られるもの、失われるもの

――教育分野において、今後AIはどのように関わってくるのでしょうか。

美馬のゆり先生(以下、美馬) コンピュータが普及してきたときから、算数ドリルの問題を出してどこまでできているか把握したうえで、次の問題を提供する、というプログラムはありました。例えば、繰り上がりが理解できていないと次の問題を出しても解けないから、こっちの問題を出そう、というようなものです。それが今後はAIによってもっと高度なものになり、英会話の練習などもスムーズにできるように進んでいくと思います。AIチューターやAI家庭教師なども、これからは増えていくと思います。

――AIチューター! 子どもたちはAIに教わるようになるのでしょうか。

美馬 学校の教室では先生1人に対して生徒がおよそ30人。教育現場にAIが導入されれば、手をあげて質問しにくいときなどに、一人ひとり個別に対応できるようになる可能性があります。アバターのようなものが出てきて、あたかも人間のように、自分の好きなキャラが説明してくれるツールの研究も進められています。

――学びのスタイルも変わっていきそうです。

美馬 これにはよい面もあれば、問題もあると思います。AIがドリルでその子のペースに合わせて問題を提供してくれるということは、答えがあっていれば次へ進んでいく。理解すべきことをわかっていなくても、答えさえ合っていれば次へ進んでしまうのです。例えば、比の問題で「3:2=6:X」でXに入る数字は何かという問題があったとします。これは本当の意味で比を理解していなくても「内項の積=外項の積」を覚えてしまえば、答えを出すことができます。何でそうなるのかわかっていなくても、正解は出せてしまうわけです。

算数や数学では、概念を理解することがほかのことでも有効になってくることがたくさんあります。ドリルだけを進めるやり方では、それが失われて形だけ、計算だけがあっていればいい、となりかねません。

――AIが教師となってドリルを進めていくと、真の理解度を測れないまま、機械的な学びになってしまうと。

美馬 その通りだと思います。例えば漢字を学ぶ際、難しい漢字であっても、子どもが興味を持てば自然と覚えてしまうことがありますよね。同じように、数学でも年齢的には難しい内容でも、興味が湧けばそのハードルを超えて理解することも。しかし、AIを活用した学習ではそうした個々の興味や学びの可能性を排除し、学びのステップを平準化してしまうリスクがあるのです。

世の中では「個別最適化」が進められ、AIを活用したドリルで効率的に学習する流れが強まっています。しかし、本来学びのペースや方法は多様であるべきです。ゆっくり進む子がゆっくりと、速く理解できる子が速く進むことで、みんなが自分のペースで学べる環境は一見よいように思えます。でも、最適化を求め、最短で効率的に進ませることに集中するあまり、何か大切なものを失ってしまう可能性があるのではないでしょうか。

AIには木々のゆらぎを感じ、理解することはできない

――個別に対応できる一方で、それぞれの学び方や可能性を狭めてしまいそうです。

美馬 効率を追求しすぎると、まわり道の中で得られる意外な発見や、偶然の学びが失われる可能性があります。こうした寄り道こそが新たな発想やつながりを生む場であり、人間ならではの創造性を育てる重要な要素です。AIは論理的に構造化された情報や数値化されたデータを高速に処理する能力に優れていますが、それが全てではありません。例えば、囲碁や将棋のような明確なルールがあるものでは圧倒的な力を発揮しますが、曖昧さや不確実性が絡む学びには不向きです。

――今のAIにはできず、人間にしかできないこととは何でしょうか。

美馬 例えば、風で揺れる木々を見て「これが面白い」「これが不思議だ」と感じるような力は、AIにはありません。自然の複雑さの中から特定の魅力を見出す感性や、そこに意味を見いだす力は人間だけが持つものです。こうした力を育てるためには、子どもたちが多様な体験を通じて好奇心を広げ、自分なりの発見を楽しむ場を作ることが必要です。保護者や教師がそうした環境を支え、成長を見守ることが大切だと思います。

――人間にしかできないこととして、感じて考える力が一層大切になってくるのですね。

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次回は、AI時代を生きる子どもたちのために家庭でできることをおうかがいします(12月24日更新予定)。

今回インタビューした美馬のゆり先生が、AI時代を生きる子どもたちに向けてAIの基礎知識をまとめた『AIの世界へようこそ 未来を変えるあなたへ』(Gakken)。イラストや図解を交えながら、AIの歴史や最新技術、AIが抱える問題、未来の可能性までを幅広く網羅しています。

AI時代を生きる子どもたちがどのような未来を目指して生きていくべきか、まさにこれからの時代に必読の一冊。

※本書は図書館向け商品です。学校や公共図書館にない場合は、購入のリクエストをして頂けます。個人でご購入いただく際は、お近くの書店でご注文いただくか、ネット書店をご利用ください。

(文:佐藤華奈子/取材・編集:マイナビ子育て編集部)


公立はこだて未来大学 教授美馬のゆり専門は学習科学、教育工学、情報工学。博士(学術)。MIT メディアラボおよびUC Berkeley人間互換人工知能センター客員研究員、日本科学未来館副館長、NHK 経営委員などを歴任。
代表著作に『理系女子的生き方のススメ』『未来を創る「プロジェクト学習」のデザイン』『学習設計マニュアル』など。→記事一覧へ

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育児をしている共働き夫婦のためのメディア「マイナビ子育て」。「夫婦一緒に子育て」をコンセプトに、妊娠中から出産・産後・育休・保活・職場復帰、育児と仕事や家事の両立など、この時代ならではの不安や悩みに対して役立つ情報をお届けしています。
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