「働けない」のは甘え、サボりではない…誰にでも起こりうる「不自由な脳」の意外な原因とは?|武器になる教養30min.編集部

「働けない」のは甘え、サボりではない…誰にでも起こりうる「不自由な脳」の意外な原因とは?|武器になる教養30min.編集部

最新刊『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』が話題となっている、ルポライターの鈴木大介さん。本書で鈴木さんは、貧困は「自己責任」ではなく「働けない脳」のせいであると指摘します。そして、「働けない脳」は決して他人事ではなく、誰にでも起こりうるとも……。その意外な原因と、当事者への向き合い方について、鈴木さんにうかがいました。

*   *   *

当事者にどう向き合うべきか?

──「働けない脳」を抱えて苦しむ当事者に対して、家族や友人、あるいは福祉や支援の仕事に携わっている人は、どう向き合えばよいのでしょうか。

まずは、当事者が抱えている不安を除去することに手を貸してほしいですね。不安があることで脳の情報処理を制約してしまい、できなくなってしまうことが多いからです。

家族やパートナーからすると、「今のままでどうするの?」という気持ちになるのはよくわかります。でも、今の状況を一番責めているのは本人自身なんです。

責めることはやめて、当たり前のことができなくなる「症状」が世の中にはあることを前提に一緒に考えてもらいたいです。「働けない脳」という症状があることを否定しない、ないものにしないでもらいたいのが一番です。

 

それと、当たり前のことができなくなると言っても、何もかもできなくなるわけではないんです。とくに発症前に人生経験がたくさんある年齢の方は、ちょっとした手助けがあれば、できなかったことができるようになったりします。

なので、本当に一人ではできないことと、手助けがあればできること、環境をちょっと調整したり、代償手段を使ったりすればできることを、切り分ける手伝いをしてもらいたいです。

 

──役所に申請する書類を一緒に書くだけでも、大きな手助けになるわけですね。

以前、生活保護の申請をお手伝いしたある取材対象者の方は、申請用紙を前に、「どの欄に何を書けばいいのか、指さして説明してくれれば、そこに書きます」と私に言いました。知的能力はむしろ高い方に感じる方だったのに、どうしてそんなことを言うのか、当時はさっぱりわかりませんでした。

でも、自分自身が当事者になって、まったく同じ状況におちいったわけです。どこに何を書くのかわからない。でも、書けないわけではない。

 

一人ではできなくても、ちょっとした補助があるとできることがあります。それを本人やまわりの人が見つけていく。そうすることで、本人が不安を感じたり自分を責め続けたりして、できないことがいっそう増えていく状況から脱するきっかけになるのではないでしょうか。

誰にとっても他人事ではない

──自分は健康で、仕事も生活もうまく回っているから大丈夫と思っている方もいるでしょう。でも、現代の日本においては、誰にとっても他人事ではないと思います。

脳のバランスがちょっと崩れるだけで、驚くほどできないことが増えてしまうことは、自分自身がそうなって学んだことです。

これまでたくさんの読者の方からリアクションをいただきました。同じ高次脳機能障害の当事者さんや、精神疾患や発達障害をお持ちの方、認知症をお持ちの方など、脳の機能障害を持っている方から、たくさんの共感の声をいただきました。

 

驚いたのはそれだけでなく、さらに広い範囲から共感の声が集まったことです。たとえば、出産の前後に「働けない脳」のような状態になってしまい、レジで会計ができなかった、ちょっとしたことなのに目を離した瞬間に忘れてしまった、世の中のいろんな音がぜんぶ耳に入ってきたといった経験をした方がいらっしゃいます。

他にも、更年期を迎えたときにそうなったとか、人生のいろんなステージで同じような経験をしたとおっしゃる方が出てきました。パートナーからの暴力とか、上司からのパワハラとか、過酷な状況に耐え続けていたとき、一時的に同じような経験をしたという声もありました。

そう考えると、人間の脳はストレスフルな環境に置かれれば、誰でも同じような状況におちいる可能性があります。

 

──最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。

「働けない脳」になるリスクは、どんな人にも訪れると思います。社会全体が暴力的で、ストレスフルで、将来が見えなくなっている今、とくに人の脳を壊しやすくなっています。

そんな中で、働けないということを自罰しないでほしい。必要以上に、不安に思わないでください。

 

不安に思わないためのメソッドとして、脳機能が低下する症状は普遍的にあること、その必然として起こるのが、働けないという状況であることを理解してください。当たり前のことなんだよ、と認識してほしい。

そして、対策があるということを知って、ときには制度を活用して、戦略的にこの脳で生き抜いていくことを考えてもらいたいです。

 

もうひとつ知ってほしいのは、機能は失われても、能力は残ることが多いということ。脳が不自由になることは、それまでの知識や経験が奪われてしまうことではありません。

情報処理のスピードが遅くなったり、容量が少なくなったり、同時にできることが減ったりしても、培ってきたものは必ず残ると思っています。それを活かしていくことを考えてもらいたいですね。

 

くり返しになりますが、ここまでお話ししてきたことは、決して他人事ではありません。いざ自分がそうなったときに、この本を役立てていただければと思います。

 

※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】鈴木大介と語る「『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』から学ぶ脳と貧困の関わり」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。

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書籍『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』はこちら

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