コーヒーで旅する日本/九州編|入口がコーヒーじゃなくても。「Little O coffee&donut」なりのコーヒーの裾野の広げ方

コーヒーで旅する日本/九州編|入口がコーヒーじゃなくても。「Little O coffee&donut」なりのコーヒーの裾野の広げ方

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

ドーナツのイラストは小川さんの奥さんがデザイン

九州編の第108回は福岡県北九州市にある「Little O coffee&donut」。北九州モノレールの平和通駅の真下あたりの小さな雑居ビル前に、営業中だけちょこんと置かれた、ドーナツのイラストがかわいい看板。これが同店の唯一の目印となっており、地下の店舗へと続く扉が入口になっている。階段にはPeace Ave.と書かれているように、「Little O coffee&donut」はPeace Ave.というバーの昼〜夕方の時間帯を間借りしているコーヒーとドーナツの専門店だ。地下1階という隠れ家的な立地で間借り営業を始めた理由、コーヒーとドーナツの2つを柱に掲げた思いを聞いてみると、店主の小川さんのコーヒーに傾ける情熱が見えてきた。

オーナーの小川晋平さん。コーヒーの抽出、焙煎を担当するほか、ドーナツ作りも自ら行う

Profile|小川晋平(おがわ・しんぺい)さん
福岡県北九州市出身。大学時代に経験した飲食店のアルバイトからサービス業に興味を抱く。大学卒業後、下関の人気ロースタリー、Craftsman Coffee Roastersに入社。入って数年はバリスタとしてコーヒーの抽出、サービスの現場に立ち、途中からは焙煎にも従事。2023年2月、「Little O coffee&donut」をオープン。2024年6月に行われた日本・韓国・台湾から競技者を募るエスプレッソ競技会「EL ROCIO CUP 2024」では見事チャンピオンに。

■ミニマムに、スモールスタートで

接客、抽出、焙煎と前職時代にさまざまな経験を積んだ

北九州市出身の小川晋平さんは福岡市内の大学に進学するも、自身が本当にしたいことが見つからなかったという。「学生時代、飲食店でバイトを始めて、なんとなくサービス業が自分に合っていそうだとは感じていたのですが、それが具体的にどんな仕事か検討がついていませんでした」と小川さん。

そんな時期に偶然出会ったのが山口県下関市にあるCraftsman Coffee Roastersの創業者、高城さん。小川さんは「コーヒーにまつわるイベントで高城さんの講話を聞いて、Craftsman Coffee Roastersで働いてみたいと思ったんです。もちろん当時の僕はコーヒーの知識ゼロの、全くの未経験者。そんな自分を快く受け入れてくださったことに今も感謝しています」と当時を振り返る。

ハンドドリップ、エスプレッソマシンでの抽出がメイン

その後、小川さんはCraftsman Coffee Roastersにおよそ5年勤務し、バリスタ、焙煎士としてさまざまな経験を積む。もともと独立志向はそこまで強い方ではなかったが、コーヒーと深く関わりながら地元・北九州で暮らす中で、昔ながらの深煎り・喫茶文化が根付いたこの町で自分がCraftsman Coffee Roastersで体験してきたコーヒーの多様性を発信してみたいという思いを強くした。そう考え、前職を辞めたのが2022年12月、その後「Little O coffee&donut」を開いたのが2023年2月というから、すごいスピード感での独立開業だ。

ドーナツとの相性もよいカフェラテ(500円)が人気

もちろん物件を自身で契約して店舗を持つことも考えたそうだが、昔から付き合いがあったPeace Ave.のオーナー・石井さんから間借り営業を提案され、現在のスタイルを選んだ。
「本当に周りの人たちに助けていただいたと今も感謝しかありません。自分自身、絶対に自分の店を持たないといけないと考えていたわけではなく、むしろスモールスタートがいいと思っていたので、大変ありがたいお話でした」と小川さん。

■ドーナツを通したコーヒーとの出合い

ドーナツは常時8種程度を用意。人気はバニラミルクグレーズ(1個280円)、シナモンシュガー(1個280円)

そうやって開業した「Little O coffee&donut」。前職で抽出・焙煎ともにしっかり技術を磨いてきた小川さんだけにコーヒーを柱に据えるのは当然だが、なぜコーヒーと同列でドーナツを店のウリの一つに打ち出したのか。

ドーナツは売り切れ次第終了

「僕がコーヒーと関わり始めたころと比べると、北九州市内もコーヒーの店はめちゃくちゃ増えました。スペシャルティコーヒーも当たり前になっている中、コーヒーだけで勝負するのはなかなか難しいと前職時代からずっと考えていて。そんなとき、家族と一緒に公園でのんびり過ごしている隣に、偶然コーヒーとドーナツがあったんです。『コーヒーと合わせるなら、こんな感じの気軽なものがいいかも』と思い、それから独学でドーナツ作りの勉強をスタート。イベントに出品するなどしながら周りの方々の反応を見て、コーヒーとドーナツの店を開くことを決意しました。実際、店を開いてみると、コーヒーではなくドーナツを入口に店を訪れるお客さまも多かったです」

カフェラテ(500円)、バニラミルクグレーズ(1個280円)、塩キャラメルナッツ(1個400円)

小川さんのその言葉通り、取材当日も開店早々訪れたのは若い女性2人組で、Instagramで見たドーナツを食べたくて来店したのだという。ただ、そこからエスプレッソをベースにしたアレンジドリンクに興味を持ってそのドリンクをオーダーするなど、ドーナツがコーヒーに興味を持つきっかけになっていたのは印象的。ドーナツは確実にコーヒーの間口を広げる一助になっている。

■さまざまなモノ・コトのフィルターにコーヒーを

前職時代から磨いてきたエスプレッソ抽出

「Little O coffee&donut」はドーナツだけテイクアウトしてもいいというスタイルではあるが、やっぱり同店ではコーヒーを味わってほしい。その理由が小川さんのバリスタとして高い技術を持っているからだ。日本、韓国、台湾で活躍するバリスタを対象として初開催されたエスプレッソ抽出の競技会・EL ROCIO CUP 2024でチャンピオンとなったほか、熊本で行われたエアロプレスの競技会でも1位を獲得。特にEL ROCIO CUPは大会そのものの歴史は浅いものの、コーヒーのレベルが高い韓国、台湾のバリスタも参加した中で1位を獲得したのはすごいことだ。

【写真】EL ROCIO CUP 2024のチャンピオントロフィー

さまざまな競技会に参加していること自体、コーヒーに対して真摯に向き合っていることは明白だが、小川さんは地元のコーヒーのレベルを底上げしていくための取り組みも行っている。それが、2024年9月に初開催したKitakyushu Hand Drip Championship(KHDC)だ。小川さんにイベントを開いた理由を聞いてみた。

Kitakyushu Hand Drip ChampionshipはPeace Ave.で開催した

「熊本で行われたエアロプレスチャンピオンシップに参加して、強い感銘を受けました。競技会としては決して規模が大きいわけではないのですが、その根底にあったのはコーヒーを通してさまざまな人が繋がり、その地域においてより魅力的なコーヒーを提供していこうとする姿勢です。北九州にはそういう取り組みがなかったので、いろいろ考えるよりも、まずはやってみよう!と実行に移しました。初開催でいろいろ反省点はありましたが、自分の中ではこういった機会をもっと増やしていく必要があると感じる貴重な機会になりました」

自家焙煎が本格的にスタートすればドーナツとコーヒーのペアリングがますます楽しみに

コーヒーの可能性を自分なりの形で着々と表現する小川さん。最後に今後の展望や目標を聞いてみた。
「現在、Peace Ave.のオーナー・石井さんが導入した焙煎機を使って、両店舗で使うコーヒー豆の自家焙煎を始めたところ。前職で焙煎経験があることから僕が焙煎を担当していますが、味作りや商品の方向性は石井さんと一緒に考えながら行っています。2025年頭には新たにロースタリーブランドを立ち上げる予定で、あえて非日常の特別な時間を演出するようなコーヒー豆をラインナップしていこうと考えています。ほかのロースタリーとは異なるアプローチで、自分自身も楽しみながらいろいろなことにチャレンジしていきたいですね」

■小川さんレコメンドのコーヒーショップは「Peace Ave.」
「僕が店舗を間借りしている『Peace Ave.』。空間は同じですがバースタイルの店舗で、メニューは当然ガラリと違います。オーナーの石井さんはジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップというコーヒーカクテルの技術を競い合う競技会で入賞するなど、北九州を代表する凄腕のバーテンダーです。お酒は飲まなくてもコーヒーだけの利用もできますよ」(小川さん)

【Little O coffee&donutのコーヒーデータ】
●焙煎機/Aillio BULLET
●抽出/エスプレッソマシン(VIBIEMME)、ハンドドリップ(HARIO スイッチ)
●焙煎度合い/浅煎り〜中煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/なし

取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)

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