近年、国内各地でクマによる被害が増えています。環境省によると、2023年度のクマによる人身被害は219人で、うち死亡は6人と過去最多となりました。
北海道に広く分布するヒグマの推定個体数は中央値1万1700頭となり、過去30年間で2倍以上に増加しています。また、本州および四国の33都道府県に分布するツキノワグマも、推定個体数は増加傾向にあります。
クマが集落や市街地など人が住む地域に出没することも多く、その原因の一つが、民家の果樹や公園の樹木です。環境省の「クマ類出没対応マニュアル」では、クマの誘引物として「カキ、クリ、クワ」などの果樹を挙げた上で、伐採するか、電気柵で周囲を囲うといった対策をおこない、適切な管理をするよう求めています。
しかし、庭や敷地の管理が難しいケースもあります。弁護士ドットコムには、「クマが来るから、柿の木を切るよう、隣家の住人から要望がありましたが、大切な木なので、切りたくありません」という相談が寄せられました。
また、「別荘を所有しているが、クマが怖いので草刈りをしてほしいと言われています」という相談もあります。相談者によると、定期的に草刈りを実施しているといい、これ以上経費が増えることに消極的です。
いずれのケースも、果樹の伐採や敷地の草刈りをせずにクマが人に被害を及ぼした場合、持ち主や管理者に法的責任が生じることはあるのでしょうか。寺林智栄弁護士に聞きました。
●要望に応じる義務はないが、責任が生じる場合も
——隣人からクマ対策として果樹を伐採したり、草刈りをしたりするよう要望があった場合、応じる義務はあるのでしょうか。
果樹の所有権は植えた人やその土地の持ち主に所有権がありますし、また管理している土地の雑草をどうするかはその土地の管理者が自由に判断できることではあります。
しかし、昨今のクマ被害の増加を考えると、近隣住民から要望があった場合には、これに対して対応すべき法的な義務が生じる可能性もあります。
クマの生息地に近い地域や直近数年の間にクマが目撃された地域などにおいては、クマの被害を発生させないようにするための注意義務が住民に一定程度課されると考えられます。
その一環として果樹の木を伐採する、あるいは実がなったらすぐに採取する、クマが隠れる場所をなくすために庭などの草刈りをするということが求められることになると思われます。
●地域住民が助け合いながら対策を
——もしも、果樹や草木を放置してクマが出没して、隣人に被害があった場合、賠償請求される可能性はあるのでしょうか。
結論からいうとその可能性はありうると考えられます。
例えば、近接した時期にクマの目撃情報が何度かあり、近隣の住民から再三に渡り草刈りや果樹の対策をとるよう求められていたにもかかわらず、これを放置していた場合には、先にあげた注意義務に違反すると評価されることもありうるということになります。
そのため、不法行為(民法709条)の賠償責任を負うこととなり、治療費等の損害をクマ被害に遭った隣人に支払う必要が生じうると考えられます。
——クマとどう共存していくか、個々人の力で解決することは難しいかもしれませんが、解決に向けて私たちにはどういうことが求められているのでしょうか。
最近は高齢化に伴い、果樹や雑草の管理が個人では行き届かないことも少なくないと思われます。
そういう場合には、町内会を中心とした地域住民全体で助け合いながら、草刈りや果樹の管理(伐採や実の採取)をするのが望ましいでしょう。伐採の費用を補助してくれる自治体もあります。
出没したら殺せばいいというのは非常に短絡的な考え方です。クマが人里に現れずに済む対策を人間側が取る必要があります。
【取材協力弁護士】
寺林 智栄(てらばやし・ともえ)弁護士
2007年弁護士登録。札幌弁護士会所属。法テラス愛知法律事務所、法テラス東京法律事務所、琥珀法律事務所(東京都渋谷区恵比寿)、ともえ法律事務所(東京都中央区日本橋箱崎町)、弁護士法人北千住パブリック法律事務所(東京都足立区千住)を経て、2022年11月より、NTS総合弁護士法人札幌事務所。離婚事件、相続事件などを得意としています。
事務所名:NTS総合弁護士法人札幌事務所
事務所URL:http://nts-law.jp
配信: 弁護士ドットコム