#5 数字で伝える秘密のメッセージ|永嶋恵美

#5 数字で伝える秘密のメッセージ|永嶋恵美

先日発表された「このミステリーがすごい!2025年」で『檜垣澤家の炎上』がランクインした永嶋恵美さん。

この特集では幻冬舎で刊行された永嶋恵美さんの作品『明日の話はしない』の試し読みを5日間連続で掲載していきます。別々の時代、場所で生きた3人が自らに課した共通のルールが「明日の話はしない」だった──。本作は短編として描かれるそれぞれのストーリーが運命的に交錯する本格ミステリです。

今回は第一話の一部をご紹介します。(#1から読む)

*   *   *

わたしとファドは病室に戻ると、さっそく『フリーワード表』を見ながら、ボーちゃんのポケベルに送るメッセージを考えた。フリーワード表の下に小さく「メッセージは最大20桁まで」と書かれていたから、あまり長い文章はダメ。

“キョウハタノシカッタ”なんてへたくそな作文みたいだし、“トドイタ? ”っていうのも平凡すぎるし。

「なあに、それ?」

急にのぞき込まれて、わたしとファドは飛び上がりそうになった。文章を考えるのに夢中で、お母さんが来る時間だったことをすっかり忘れていた。

「あのね、お見舞いに来てくれた友だちがくれたんだよ、それ。その子、ポケベル買ってもらったんだって」

わたしの代わりに答えてくれたのはファドだった。うちのお母さんにウソをつくのは、わたしよりもファドのほうがうまい。逆にファドのお母さんにウソをつくなら、わたしのほうがずっと得意だった。

「最近の小学生って、ポケベルなんて持ってるの」

「その子、塾に行ってるからだと思うよ」

「ああ、そういうことね」

さっきファドは、クラスの女子でポケベルを持ってる子がいたって言っていたから、その子のことだろう。でなきゃ、いくらよそのお母さんが相手だからって、ここまですらすらウソがつけるはずがない。

「ねえ、お母さん、何か書くものちょうだい。今、ファドと二人で文章考えてるの。ポケベルってね、文字を数字にして送るんだよ」

お母さんはショルダーバッグの中から手帳を取り出して、わたしとファドに一ページずつ破ってくれた。文字を数字に置き換えるのは、わたしたちの新しい遊びだと思ったんだろう。

「お母さん、あんたたちが遊んでる間に、下のランドリーに行ってくるわね」

「はーい。行ってらっしゃーい」

お母さんはベッドの下に置いてある汚れ物の紙袋を提げて、病室から出ていった。それでも、念のために、わたしとファドは足音が聞こえなくなるまで、ベッドの上で耳を澄ましていた。

「行ったね」

「うん。続き、やろ」

コインランドリーは時間がかかる。お母さんはあと一時間は戻ってこないはず。わたしたちは、またまた頭をくっつけるようにしてカードをのぞき込み、いっしょうけんめい文章を考えた。

文章が決まると、それを数字に置き換えて手帳の切れ端にメモした。けっこう長い数字だ。わたしたちはそのメモを持って、看護婦さんたちに気づかれないように公衆電話に近づいた。お母さんが戻ってくるまで時間があったけど、受話器を上げたときには、どきどきした。

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ちゃんと送れたかどうかは、次にボーちゃんと会うまでわからない。

翌日、ボーちゃんは三時ぴったりに病棟の入り口に来てくれた。

「『3ジニ キテ』だけじゃ、いつの三時かわかんないよ。ちゃんと明日のって入れてくれないとさ」

会うなり、ボーちゃんはそう言って、困った顔をした。

「だって、明日って言っちゃダメだもん」

「どうして?」

「そういう決まりなの。明日の話はしない」

ボーちゃんは少し考え込んでいたけど、わかったとうなずいた。でも、本当にはわかってないんじゃないかと思う。

「そしたら、明日とか明後日とかじゃなくてさ、何月何日の何時ってやってよ。それなら、いいよね」

日付なら、いいか。あまり違わない気もするけど、不便なのは確かだから、それでいいことに決めた。

面会のお母さんたちが通るし、ナースステーションからも近いから、ほんのちょっと話しただけで、ボーちゃんは帰っていった。でも、メッセージが届いたのがわかって、わたしもファドも大満足だった。

それに、メッセージを送るのは、やってみると簡単だった。『定型伝言』っていうのもいくつかあって、「アリガトウ」は2と5とか、「OKデス」は1と8とか、ふたつ数字を押すだけでいい。工夫すれば、少ない数字でも文章を送れるみたいだった。

そうなると、やっぱり自分のポケベルが欲しい。晩ご飯が終わってから、お母さんに頼んでみることにした。ボーちゃんとベル友になりたいなんて言ったら、ダメって言われるに決まってるから、お父さんからメッセージを送って欲しいって言ってみた。

「メッセージ送るのって、すごく簡単なんだ。お昼休みに、ぱっと公衆電話まで行って、ぱっと送れちゃうよ」

お父さんはいつも夜中にならないと会社から帰ってこられないから、日曜日の昼間以外は面会に来てくれない。一カ月に二度くらい、日曜日も仕事に行かなきゃならなくなるから、お父さんと会えるのは二週間に一度くらい。

だから、「お父さんに会えなくて寂しい」って台詞は効き目ばっちりだった。三分の一くらいは本当のことだから。

それでも、お父さんと相談してからねって言われるかと思ったら、すぐに「いいわ」って言われてびっくりした。

「銀行が混んでて遅れそうなときとか、お母さんもメッセージ送れたら便利だものね。明日、お店に見に行ってくるからね」

明日っていうイヤな言葉で思い出した。夕方、再検査の結果の説明があって、わたしは三週間後に胸の手術を受けることが決まったんだった。

*   *   *

試し読みは今回で終了です。続きは幻冬舎文庫『明日の話はしない』でお楽しみください。

明日からは同じく永嶋恵美さん作の『インターフォン』をお届けします。

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