朝採り野菜の朝食
最初から収穫がすこぶる順調だったわけ
連載第9回にして、ようやく収穫に到達であります。なにごとも成果を得るには相当な手間がかかりますが、菜園も例外ではないということです。正直なところ収穫にはあまり期待してなかったのですが、予想をはるかに上回る喜びがありましたわ。
どうして家庭菜園を始めることにしたか。まずは、畑用の土地があったこと。第1回に書いたように、心の師匠・伊藤礼先生の影響があったこと。それから、斜め上の遠くを見ながら、ちょっとかっこよく「定年後は晴耕雨読ですわ」と言いたかったこと。「ホントですか、いいですねぇ」と言ってもらえるのが嬉しかったのである。って、子どもやな。でも、ホンマやからしゃぁなし。
あくまでも「できるだけ」ではあるが、ウソは言わないようにしている。もし晴耕を実行しなかったら、ナカノはウソをついたと晩節を穢すことになるやもしれぬ。と、思わなかった訳でもないが、これは自意識過剰ですわな。元々そんな輩だと思われてたみたいな気がするし、それ以前に穢すほどの実績もないし。
こんな事情で始めたこともあって、収穫にはそれほど期待していなかった。所詮、素人が見よう見まねで、と言いたいが、見ることすらなく参考書を頼りに始める菜園である。作物ができれば儲けものというくらいの気持ちだった。それに、生来、あまり野菜好きではない。子どもの頃は本当に野菜を食べなかった。好んで食べていたのはホウレン草くらいではなかったかと記憶している。
そんなではあったが、初っぱなから菜園の収穫はすこぶる順調だった。これは才能とかなんとかいうものではなくて、書いてあることを忠実に守ったからにすぎない。ずいぶんと昔のことだが、新聞でプロの味付けレシピの連載をしておられた有名な料理人さんのお店で食事をしたことがある。その時に尋ねた。いろいろ料亭レベルの料理を紹介しておられますが、家でも同じような味を出せますかと。その時キッパリと「出せます」とおっしゃった。ただし、「必ず書いてあるとおりにやること」という条件をつけて。これにはいたく感動した。
多くの人は、どこか手順を勝手に変えたり、似た材料で片付けようとしたりする。それがダメだと。なるほど、そうなんや。技術というか器用さというかはどうしようもないところがあるけど、そうしたらええんや。以来、なにごとにつけても、この教えを守ることにしている。拙著『この座右の銘が効きまっせ!』(ミシマ社)にも書いたのだが、「横着は敵だ!」という自家製座右の銘を作るにいたった理由のひとつは、この思い出にある。
味が濃い! みずみずしい!
収穫を始めて予想外の驚きがあった。それは、野菜が好きになったことだ。自分で作ったからというよりも、純粋に家庭菜園で作った野菜が美味しいという理由の方が大きい。
農林水産省によって、野菜は大きく、根菜類(ダイコン、ニンジン、ジャガイモとか)、葉茎野菜(キャベツ、レタス、ホウレン草とか)、果菜類(キュウリ、ソラマメ、トマトとか)、香辛野菜(ショウガ、ミョウガ、ワサビとか)、果実的野菜(メロン、イチゴ、スイカとか)の5種類に分けられている。
メロン、イチゴ、スイカとかは果物屋さんに売っとるやんけ、というご意見もあるだろう。だが、それは流通の問題であって、園芸的というか農水省的には、苗を植えてから1年で収穫する草本植物が野菜とされておるのじゃ。ふむ、この定義でいくと、バナナも野菜やな。ちょっと違和感あるけど、地球上には主食にしてるところもあるんやから、まぁええか。
念のために「野菜」を広辞苑でひいてみると「生食または調理して、主に副食用とする草本作物の総称。食べる部位により、葉菜あるいは葉茎菜・果菜・根菜・花菜に大別。芋類・豆類はふつう含めない。」とある。定義も分類も農水省とえらいちゃうがな。あんまり考えてもしゃぁないっちゅうことやな。
いらん話が長くなってしもたけど、何の話をしようとしているかというと、まずは最初に採れ始めた葉茎菜についてである。ベビーリーフがえらく美味しかったのは第6回に書いたとおりである。それが育ったもの、ミニチンゲンサイ、ホウレン草、リーフレタス、ルッコラ、パクチーなども、当然、美味しかった。
葉ものに限らず、我が家の野菜はどれも、買ってきたものより味が濃い。第一に、露地栽培で旬のものだからだろう。もうひとつ、ひょっとしたらと思っている理由がある。それは、なべて小さいからではないかということだ。スーパーや八百屋で並んでいるホウレン草、ダイコン、ジャガイモなどは、我が家のものに比べると巨大としか言いようがない。どうしたらあんなに大きく育てることができるのか。我が菜園では化学肥料でなく有機肥料を使っているせいかもしれないが、それだけでこんなに差が出るとは思いがたいくらい違う。しかし、大きくならない分、味が濃いのではないかと考えている。証明のしようもないけど、単なる負け惜しみですかねぇ。
野菜は朝に収穫するのと夕方に収穫するので味に違いがあるとされている。昼は光合成で糖分が蓄積され夜は呼吸で分解されるから、夕方の方が糖度が高くて味が濃いというのが理由だ。ホンマかいなと思うけれど、科学的に一応の筋は通っている。とはいえ、鈍いせいかもしらんが、それほど大きな違いは感じられないように思う。それよりも明らかに違うのはみずみずしさだ。これは圧倒的に朝がいい。
チンゲン菜やホウレン草などは調理して食べるからよくわからないが、リーフレタスやルッコラは新鮮さが半端ではない。なにしろ採りたてなのだ。野菜類がお店に並ぶまでには、最短で収穫されてから1日、通常は2~3日かかるらしい。到着した日のうちに買うとは限らないし、買ってすぐ食べるわけでもない。しかし、家庭菜園の野菜は違う。朝に採取してすぐに食べる。むっちゃみずみずしい。申し訳ないが、これだけは食べてみないとわからない。味わいながら「幸せなこっちゃなぁ」とつい呟いてしまうほどだ。
「自分で作ったから美味しいと思うだけとちゃう?」こういうことを言い放つ腹立つ妻と40年以上もいっしょに暮らしている自分はとても我慢強いのではないかと密かに考えていたりする。もし同じような邪(よこしま)な感想を抱いた方がおられたら、猛省していただきたい。最初のころはこのように冷ややかにしていたけれど、こんな腹立つ妻でさえ次第にわかってきたようで、我が家の採れたて野菜は美味しいと同意するようになった。だいぶ遅すぎたけど、まけといたる。
配信: 幻冬舎Plus