『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
何にもなくなんかない
少し年上の友だちと久しぶりにランチに行った。
彼女は家族がほしいと婚活をがんばっている。「最近どう?」と聞くと、一人でお酒を飲みにいくようになった、とはにかむ。「すごくいいよ、それ! 飲み屋での出会いってあるらしいもんね」と私も嬉しくなる。
でも、なんだか様子がおかしい。なにかもっとほかのことを言いたそう。
仕事がきっかけで知り合った彼女なので、どこまで踏み込んでいいかわからない。逡巡の間があって彼女はこう言った。
「私には何にもないな、って思う。東京でやりたい仕事に就けたけど、途中で向いてないことがわかって、やめてしまって、今は別の仕事をしていて。結婚もできなくて、子どももいなくて、でも同期は子どもを育てながら仕事もちゃんとしてる。どうして私だけ何もないんだろう」
そしてこう続けた。
「あなたは私から見たらなんでも持ってる。結婚して子どももいて、やりたい仕事をして、それでも本人はまだ足りない、って思うんだよね。私からしたら十分に思えるよ。ほんとすごいよ」
「どうして」と私は驚いた。
「何にもなくなんかない。東京でやりたい仕事につけて、向いてないなって思って、自分でやめる勇気を持てたんでしょう。誰もが持てる勇気じゃないよ。無理してぽっきり折れちゃう人だっているんだよ。そして、今は別の仕事を頑張っているんでしょう。結婚したくて子どもが欲しくて、今、婚活がんばってるんでしょう。何にもなくなんか全然なくない? どうしてその頑張ってる自分をちゃんと見てあげないの? ちゃんと仕事して、ちゃんと婚活して、ちゃんと一人で飲みに行って独身も謳歌してる自分を、もっと認めてあげないとかわいそうだよ」
それから、こう付け加えた。
「あと、私は今の状態を『足りない』って思って小説家目指してるわけじゃないよ。結婚して、子どもがいて、やりたい仕事をして、それから小説家になろうと夢みてるだけ。みんな先の目標ばっかり見て、それに足りてない、達成できてない、って言うけど、そうじゃなくて、達成しようと頑張ってる今をもっと楽しんだ方がいいよ。あとね、あなただからできてることがいっぱいあるよ。あなたの羨ましいところ、いっぱいあるよ。今の私は思い立って一人で飲みになんかいけない。誰にも止められていないのに、それでもできないんだ。今から新しい人と出会えるあなたが羨ましい」
友だちは、ありがとう、と言ってまぶたをこすった。
そのことを、子どもたちの寝かしつけをするとき思い出す。
今夜はあの子、飲みに行ったかな。あの子が切り拓いていく夜に私もいっしょにワクワクしてる。
配信: 幻冬舎Plus
