ずっと夢だった世界一周を実現。52カ国116都市を2人で
美穂さんには20代のころから5つの夢がありました。仕事、親孝行、結婚、出産、世界一周の5つで、24歳で乳がんを告知されたころは「全部かなえられない」と思ったそうです。でも仕事をして、親孝行をして結婚をし・・・。世界一周の夢も夫と一緒にかなえます。
――世界一周について教えてください。
美穂 私には、ずっと「世界一周をしたい」という夢がありました。
乳がんを宣告されたときは、「私、このまま世界一周ができずに死んでしまうんだ」と絶望した時期もあります。でも治療をして少しずつ日常を取り戻す中で「やっぱり、いつか世界一周がしたい」と思うようになりました。
やがて「がんになって10年。完治といえるタイミングを迎えられたら世界一周をしよう」と具体的に考えるようになりました。
夫も私の夢を知っています。がんになってもうすぐ10年というとき、夫から「一緒に世界一周をしよう。仕事をしながらでは難しいだろうから、美穂が覚悟できるなら、美穂と同じタイミングで会社を辞めるから」と言われて、驚きました。当時、彼は会社員をしながら「ONE JAPAN」の代表をしていたんです。
それから夫婦で世界一周の計画についてとことん話し合いました。
――何カ国ぐらい回りましたか。
美穂 2019年6月に出発して、2020年4月の帰国まで52カ国116都市を回りました。出発前、夫と「この国に行きたい!」というのを、それぞれ点数で表して、合算し「点数が高い国は絶対に行こう!」と決めました。
最も思い出に残っているのは、ずっとあこがれていたボリビアのウユニ塩湖です。鏡のような湖面に映る満天の星を見たときは、言葉になりませんでした。SNSでウユニ塩湖に来ている日本人カメラマンと知り合い、連絡をとったところ、撮影をしてもらえることになりました。しかも急きょウエディングドレスを着て、ウユニ塩湖で写真を撮ってもらえたんです! ウユニ塩湖でのウエディングフォト撮影のためにドレスをもって来られた方が、撮影後においていっていたドレスを着用することができたんです。本当にいい思い出です。
1年かけて世界一周をする予定でしたが、新型コロナの影響でニューヨークとロスのホテルでステイホームになってしまいカナダ、ハワイ、オセアニアに行くことができないまま帰国せざるを得なかったのは、本当に残念でした。
世界一周旅行から帰国後、しばらくして第1子を授かる
――第1子の妊娠がわかったのはいつごろですか。
美穂 ホルモン治療も終わり、産婦人科で自然妊娠は可能と言われていたのですが、なかなか妊娠しなくて・・・。私はアプリで妊娠しやすいタイミングを確かめていたのですが、友だちに相談したら「排卵日予測検査薬を使ってみたら?」と言われて、その薬を使って排卵日を予測したら、すぐに妊娠しました! どうもアプリの使い方がうまくいっていなかったようです。
排卵日予測検査薬を使ったあと、生理が遅れたので妊娠検査薬で調べてみたら陽性反応が出たんです。すぐに、夫に「見て、見て!」と言って見せました。2人で泣いて喜びました。
――妊娠への不安はありませんでしたか。
美穂 長い間、がん治療をしていたのでおなかの赤ちゃんに何か影響はないかとても心配しました。でも「何かあってたとしても、この子を2人で育てよう」とお互いの気持ちは決まっていました。
お話・写真提供/鈴木美穂さん 取材・文/麻生珠恵 たまひよONLINE編集部
鈴木さんにステージⅢの乳がんが見つかったのは24歳のとき。「闘病中は、結婚や妊娠なんて想像できなかった」と言います。鈴木さんは、今、3歳になる女の子の母親になり、子育て、仕事・・・と忙しい日々を送っています。
インタビューの3回目は、出産や子育てについて聞きました。
「 #たまひよ家族を考える 」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
配信: たまひよONLINE